肩甲上腕関節(肩関節)の外転を肩甲面で行うことを“Scaption”と呼んでいる。Abduction in the scapular planeからの造語である。肩甲面とは、肩甲骨が胸郭(の楕円形)に合わせて前額面(身体を前後に切る面)から40°前方に傾いているところを言う。肩甲面で親指を上に向けて腕の上下運動を行っても上腕骨大結節と烏口肩峰靭帯が衝突しないため、違和感なくスムースに腕を上げることができる。

図は肩甲面で前額面から40°前方に傾いていることがわかる。Oatis 2004から転用。

腕を上げることで生じる肩甲骨の上方回旋は、僧帽筋上部線維と僧帽筋下部線維とのフォースカップリング(協力)で起きる。(加えて肩甲骨内側縁から肋骨に伸びている前鋸筋も関与するがこれについては後で話す。)この二つの筋活動の割合は腕の外転角度で異なり、さらに立った姿勢(立位)あるいは四つんばい、うつ伏せ(腹臥位)でも変わる。つまり重力の方向でその割合が変わる。

図は僧帽筋上部線維と僧帽筋下部線維のフォースカップリングによって肩甲骨上方回旋が生じていることがわかる。Oatis 2004から転用。

ScaptionにおけるUT/LT

Scaptionを立位で行うと僧帽筋上部線維(upper trapezius: UT)/僧帽筋下部線維(lower trapezius: LT):UT/LTの割合は常に「1」以上で、体側から腕を上げ始める時は「2」で外転90°においても「1.7」である。つまり常に僧帽筋上部線維がより大きく関与する。それに対し、四つんばいでScaptionを行うと僧帽筋下部線維が肩甲骨上方回旋に最初から大きく関与していて、120°から135°を超えるあたりから僧帽筋上部線維が僧帽筋下部線維と同じぐらいの働きになる。

写真は、異なる姿勢での肩甲面での外転運動(scaption)である(Tsuruike 2019)。

図は被験者が5秒間かけてスムースに肩甲面で外転している運動(Scaption)で、横軸は最初5つの棒グラフが立位でのScaptionの1 – 5秒、真ん中が四つんばいの1 – 5秒、右が腹臥位の1 – 5秒を示している。運動開始3秒後がだいたい外転90°。縦軸が僧帽筋上部線維/僧帽筋下部線維(UT/LT)の筋活動の割合である。赤の破線がその割合が1のところである。* p < 0.05(Tsuruike 2019

6バックス・エクササイズ

Oyama(2010)らが6バックス・エクササイズでの筋活動を報告している。運動はすべて肩関節水平外転であり、腕の位置が1)90°外転2)90°+外旋3)120°外転4)120°外転+外旋5)45°外転に肘を90°屈曲6)完全伸展であった。すべて水平外転運動は負荷なしの6秒間で、その際に被験者には「両方の肩甲骨を引き寄せるように」との指示があった。

写真は6バックス・エクササイズ(Oyama 2010)。

6バックス・エクササイズで肩甲骨を引き寄せるには菱形筋を活性させなければならない。菱形筋と共同に働く肩甲挙筋も必然的に働き、それに並行に走行している僧帽筋上部線維も働くことになる。その結果肩をすぼめやすくなる。特に外転120°では僧帽筋上部線維の働きが最大筋活動の70%前後であった(Oyama 2010)。

肩に症状のある患者は特に僧帽筋上部線維を抑制する必要がある

肩甲運動異常やインピンジメント症候群の患者は僧帽筋上部線維の過剰な活性が指摘されている(Michener 2016)。症状のある患者は僧帽筋上部線維を抑制させながら肩甲骨上方回旋ができるように訓練を受ける必要がある。

写真は、肩関節120°外転位において僧帽筋下部線維と腕が一直線上になることが示されている(Reinold 2009)。このことから臨床において外転120°位での水平外転が勧められた。しかしまず選手は、腹臥位の肩関節伸展運動で僧帽筋上部線維の抑制をしっかり意識させてから行うべきである。Oyamaらの報告では腹臥位での伸展運動は僧帽筋上部線維が最大筋活動の15%しか働かないことを報告している。肩関節伸展運動で僧帽筋下部線維を活性化させてからの外転120°位での水平外転運動になるだろう。

四つばいScaptionで僧帽筋下部線維は活性する

一方で、四つばいScaptionは僧帽筋上部線維の活動が抑えられる。四つんばいでダンベルをもってScaptionを行っても外転120°までなら二つの筋の割合 (UT/LT) が「1」以下である。肩甲骨を引き寄せずに行い、僧帽筋下部線維を活性化させることができる(Tsuruike 2019)。

立って腕を上げれば前鋸筋は活性する

立って腕を上げるだけで前鋸筋は活性する(屈曲あるいはScaption)。立位において4 kgのダンベルでScaptionすると外転135°あたりで前鋸筋は最大筋活動の90%以上の活性に達する。

 

Oatis 2004から転用。

図は被験者が5秒間かけてスムーズに肩甲面で外転している運動(Scaption)で、、横軸は最初5つの棒グラフが立位でのScaptionの1 – 5秒、真ん中が四つんばいの1 – 5秒、右が腹臥位の1 – 5秒を示している。運動開始3秒後がだいたい外転90°。運動負荷は△実線が負荷ゼロ(0)、◯破線が1.7 ㎏、◇破線が4.1 kgである(Tsuruike 2019)。縦軸は前鋸筋の筋活動(%MVIC)。

シャラポワ・エクササイズ

壁から1足分離れたところに立って前腕を壁に付け、肩甲骨を最大外転し、腕を挙上させる。手にチューブを付けることで外旋運動も行える。元プロ女子テニス選手のマリア・シャラポア選手が好んで行っていたウォールスライドエクササイズなので巷では「シャラポワ・エクササイズ」と呼んだりもした。

フォロースルーエクササイズで前鋸筋は活性する

Henningらの研究では7 oz (198 g) あるいは12 oz (340 g) のウエイトボールをもってコッキングからフォロースルーまでの動作の前鋸筋活動を調べた結果、最大筋活動の83%まで活性することが報告された。

片膝たちフォロースルーエクササイズは前鋸筋を活性させる運動になる。選手は後ろから投げられたウエイトボール(0.5 – 1 kg)をキャッチしフォロースルーを行う(下の動画参照)。

片膝たちフォロースルーエクササイズの動画:IMG_2722