投球・サーブ障害肩予防トレーニング

カテゴリー: 肩甲骨運動異常 (Scapular Dyskinesis)

投球肩障害

メジャーリーグにドラフトされる選手において投球肩既往歴の有無、手術の有無はドラフト順位、出場機会、個人成績に影響を与えない(Ramkumar 2019)。しかし高校生からプロの投手が関節唇(SLAP)損傷修復術を受けると術前のパフォーマンスに戻れる割合は59%であった (Gilliam 2018)。さらにSLAP損傷修復術を受けたプロ投手のうち48%が現場復帰できたものの、術前のパフォーマンスまで戻った投手は7%であった (Fedoriw 2014)。こうした報告から最近はプロになればなるほどSLAP損傷修復術を避け、保存治療が好まれるようになった。

Peel-Backメカニズム

投手の関節唇損傷メカニズム(発生機序)は投球動作のコッキング最終期から加速期において肩甲上腕関節最大外旋により捻じれた上腕二頭筋長頭が急激に肘伸展することで関節唇を「むく」ためである。これを英語では“peel-back”と呼んでいる (Burkhart 2003)。

上の図は、上腕二頭筋長頭が関節唇を経て関節窩上方部に付着していることが分かる(A)。次に投球動作のコッキング最終期から加速期つまり肩甲上腕関節最大外旋から内旋が起き、加速期では急激に肘関節が伸展する。最大外旋において上腕二頭筋長頭の捻じれとその反動が分かる(B) (Burkhart 2003)。

投手の関節唇損傷は投球動作のオーバーユースであり、投手の特異性とでも言える。したがって痛みの症状は選手の関節形状や弛緩、投球動作、球速などによる。このことから関節唇損傷は症状がない限り投手の有益性とまで言われている(Ahamd 2018)。そしてほとんどのプロ投手は多かれ少なかれ関節唇損傷を発生させている。

肩甲骨運動異常タイプの違い

肩甲骨運動異常タイプIIの内側縁の突出は肩甲上腕関節を不安定にさせ、関節唇損傷や腱板損傷を引き起こしやすい。一方でタイプIの下角の突出(あるいは肩甲骨の前傾)は肩峰下の隙間を狭めるためインピンジメント症候群を引き起こしやすい。さらに投球後の三角筋後部の張りは肩甲上腕関節内旋可動域を減少させる(Thomas 2011)。内旋可動域の減少は 下角の突出(タイプI)を起こす原因になる。これを肩甲骨の「巻き上げ」(英語では”wind-up”)と呼ぶ(Kibler 2013)。投手の下角の突出はインピンジメント症候群を引き起こすことに繋がる。

これまでの先行研究は野球選手の肩甲上腕関節可動域の適応性が報告されている。たとえば高校生に比べ大学野球選手はより肩甲骨が外転している(Thomas 2010)。大学野球選手はシーズン前に比べシーズン後においては肩甲骨の上方回旋が減少している(Thomas 2013)。プロ野球選手はシーズン前に比べシーズン後において肩甲上腕関節の水平内転が減少している(Laudner 2013)などがある。

前向き研究

しかしどれも野球選手の肩甲上腕関節可動域の適応性と障害リスクの関係を示した研究はない。リスクとは予測のことであり、この場合投球肩障害の発生群と発生させなかった群の比率のことである。

肩甲骨運動異常の投手はそうでない投手に比べ5倍の投球肩障害

肩甲骨運動異常テストと投手の投球肩障害を4年間追跡した結果、肩甲骨運動異常を示した大学生投手はそうでなかった投手に比べ5.04倍投球肩障害を起こすことが分かった。4年間の「前向き研究」で追跡できた投手は36名、うち18名の投手が2年以上プレーした。興味深かったことは、複数年プレーした投手18名のうち81%の利き腕(投球)側の肩甲骨運動異常テストの結果が異常有無に関係なく前年と同じであったことである。一方で非利き腕側は42.9%が前年と同じテスト結果であった。つまり大学D1でプレーする投手の利き腕側の肩甲骨の動きは変化しにくいと言える。このことから肩甲骨運動異常の投手は専門的な予防トレーニングが必要になる。

写真はマイナーリーグにドラフトされた右投げ投手。3.2 kgの負荷での肩甲骨運動異常テストにおいて利き腕(投球)側の肩甲骨は安定しているが(右)、非利き腕側の肩甲骨はタイプII、内側縁の突出が見られる(左)。最大屈曲からの伸展動作は、僧帽筋下部線維が抑制され、矢状面での運動はさらに肩甲骨の突出を引き出すことになるが、選手は投手としての適応性を発達させていて、テストにおいて肩甲骨は安定している。その一方で非利き腕はそれが見られない。

野球選手の投球肘の障害は肩の障害に比べ3.5倍多い

野球選手は投球肩障害より肘の障害の方が3.5倍多い(Ramkumar 2019)。私らの追跡調査でも投球肩障害より肘の障害の方が2倍多かった。しかし投手が尺側側副靭帯再建術、通称「トミージョン術」を受けたとしてもその復帰率は高い。たとえばトミージョン術を受けた80%のMLB投手は術前と同じパフォーマンスかそれ以上に復帰しているLeland 2019)。これは投球肩障害の修復術に比べ明らかに高い。今後のブログで投手の投球肩障害予防のトレーニングについて科学的視点から説明していきたい。

関節唇(SLAP)損傷鏡視下手術の既往歴のある投手

肩甲骨運動異常(scapular dyskinesis)テスト中に過剰な僧帽筋上部線維の筋活動をみせた投手(NCAA-D1)がいた。選手は高校時に関節唇(SLAP)損傷鏡視下手術を受けてたが、短大でのプレーを経て大学D1チームでプレーすることになった。当時のチームATとの会話で常に投球側の肩に痛みがあったと言う。ATはリハビリメニューを作成し、選手もそのメニューを行う日々であった(下記参照)。

肩に症状がある投手のリハビリメニューとしては専門的であり問題はない。ただ前鋸筋へのアプローチが多く、僧帽筋下部線維を強調したトレーニングはStanding Ext Rot 90/90 with Elastic Bandがあるものの乏しい。肩甲上腕関節外旋筋のメニューもSide lying Ext Rotはあるが、これは主に棘下筋を活性化させる運動である。

肩甲骨運動異常タイプ2

肩甲骨運動異常はKibler氏によって4つに分類された。この選手の肩甲骨運動異常はタイプ2の肩甲骨内側縁の突出であった。

  • タイプ1は、肩甲骨下角が突出
  • タイプ2は、肩甲骨内側縁が突出
  • タイプ3は、肩甲骨上角が突出
  • タイプ4は、突出なしの普通(安定)

私らの研究では、選手が最大屈曲位から5秒かけてスムーズに肘を伸ばして腕を下ろす中で屈曲90°位の肩甲骨の運動状態を注視する。今回分かったことは、彼の肩甲骨運動異常が3.2 kgのリストカフを付けた時に顕著に表れたことであった。

 

写真は関節唇(SLAP)損傷鏡視下手術の既往歴のある大学4年生投手の肩甲骨運動異常テストである。腕を上げる屈曲運動では肩甲骨運動異常が見られないが(左)、腕を最大屈曲位から下す中でその異常が見られた(右)。運動負荷は3.2㎏のリストカフであった。

最初のグラフは僧帽筋下部線維の筋活動を示している。縦軸は最大筋活動からの割合で、横軸は腕を下ろしている5秒間である。左の折れ線が負荷ゼロ(0)、真ん中が1.8㎏、右が3.2 kgのリストカフを付けた時である。●が最大外転位から体側までの内転運動で、が最大屈曲位から体側までの伸展運動である。グラフから腕を下ろし始めた2秒後の伸展運動において僧帽筋下部線維の活動が急激に低下しているのが分かる。このあたりが屈曲90°位である。

次の二つのグラフは僧帽筋上部線維と下部線維の筋活動の割合を示している。左のグラフが最大屈曲位から腕を下ろし、右のグラフが最大外転位から腕を下ろしている時である。横軸は最大挙上から腕を下ろしている5秒間を示している。左の棒グラフがゼロ(0)で、中央の棒グラフが1.8 kg、右の棒グラフが 3.2 kgのリストカフを付けた時である。黒棒が利き腕側、白棒が非利き腕側である。利き腕側の伸展運動時の僧帽筋上部線維と下部線維の割合が非利き腕側に比べ明らかに高い(グラフ左)。一方で内転運動ではその割は運動負荷に関係なく一定であることが分かる(グラフ右)。

上記のグラフから選手の肩甲骨運動異常は僧帽筋上部線維の過剰な筋活動と僧帽筋下部線維の過少な筋活動が原因と言える。しかしその異常な割合は伸展運動時のみに見られ、内転運動では見られなかった。

選手は、シーズンにおいて22回登板で41.1イニング投げ、防御率3.70であった。全米大学スポーツ(NCAA)D1の野球は2月第3週から5月第3週までの95日間で56ないし57試合が組まれる。彼はシーズン当初から肩の痛みを訴えていたが大学最終学年でもあり最後まで全うした。

投手へのトレーニングは今回の症例報告や肩甲骨運動異常テストの研究を通じてより分かってきた。僧帽筋下部線維を強調したトレーニング方法は追って説明していきたい。

野球選手の肩甲骨周辺筋の特異性

腕の上下運動中において僧帽筋上部線維、下部線維、前鋸筋、三角筋前部線維の働きを筋電図で左右比較してみると、利き腕(投球)側の僧帽筋上部線維は非利き腕側に比べ有意に低く、一方で利き腕側の僧帽筋下部線維はそれに比べ有意に高かった。

2013年にKibler氏らで’Scapular Summit’と題詞、肩甲骨運動異常(Scapular Dyskinesis)について権威ある学者間で同意文が作成された(Br J Sports Med, 2013)。論文は興味深く、今までさまざまな視点から投球肩障害メカニズムが議論されてきたが、肩甲骨運動異常がその一つの評価になるのではないかと思った。なにより肩甲骨運動異常が選手の肩の障害リスクに関係しているとのことであった。

肩甲骨運動異常テスト

肩甲骨運動異常テストとは肩甲上腕リズムにおいて肩甲骨の位置が異常であるかを視覚的に評価する方法である。つまり静的状態でなく腕の上下運動の中で肩甲骨の動きを評価することである。しかしこれまでの肩甲骨運動異常テストはさまざまな方法で取り組まれ、たとえば運動負荷はゼロ(0)から両手首に5 kgまで、腕の上下運動も矢状面、前額面、肩甲面と多岐に渡り、さらに上下運動速度も各2秒から5秒と異なった。これらの違いは先行研究の被験者に患者からさまざまな選手が含まれたからであった。

そこで私らは腕の上下運動を屈曲伸展と外転内転とで肩甲骨周辺筋の働きを比較することにした。その際、運動負荷は0、1.8、3.2 kgのリストカフを両手首に付け、運動速度を毎秒のメトロノームに合わせて選手に肘を伸ばしたまま腕の上下運動をしてもらった。運動中左右の僧帽筋上部線維、下部線維、前鋸筋、三角筋前部線維の働きを筋電図を用いて比較した。選手は大学1部に所属する肩に痛みのない現役野球選手28名であった。

屈曲伸展運動の動画→:flex sd test

結果は、運動負荷に関係なく利き腕側の僧帽筋上部線維の働きが非利き腕側に比べ有意に低く、一方で僧帽筋下部線維はそれと比べ有意に高かった。前鋸筋も同様に屈曲伸展において利き腕側が有意な高い値を示した。特に、僧帽筋上部線維と下部線維の働きが種目特異性を示していたことに関心を抱き、今後のリハビリトレーニングの研究に多くのヒントや手がかりを与えた。

左上の図は肩甲骨運動異常テストにおいて屈曲伸展運動中の僧帽筋上部線維の筋電の働き。右上の図は同テスト中の僧帽筋下部線維の筋電図の働き。縦軸が最大筋力時から筋電値の割合、横軸の各1から5(秒)は腕を上げていて、6から10(秒)は腕を下げている時系列である。各折れ線左は負荷0 kg、中央は1.8 kg、右は3.2 kgのリストカフを付けた時である。折れ線の赤は利き腕側で、黒は非利き腕側を示している。利き腕側と非利き腕側の僧帽筋上部、下部線維の働きがそれぞれ有意に違っていることが分かった。

測定の中で高校生の時に関節唇(SLAP)損傷鏡視下手術を受けた投手がいた。この投手は常に肩の痛みを訴えていただが4年生でもあってシーズン最後まで投げ切った。次回は、この選手の筋電図の特徴を説明する。

3.2 ㎏の負荷で最大屈曲位から腕を下げる

腕を最大に上げた屈曲位から下げる運動は、遠心性(伸張性)筋収縮で行われている。求心性(短縮性)収縮に比べ筋電図の働きは有意に低下する。さらに腕を横に上下運動(外転内転)に比べ前方での(屈曲伸展)運動はより肩甲骨の動きの異常を引き出しやすくする。こうしたことから肩甲骨運動異常テストは左右3.2 kgのリストカフを付け最大屈曲位から5秒かけて腕をスムーズに下げることにした(添付動画参照)。

全米大学スポーツ(NCAA)D1に所属する大学野球チームになるとほぼ毎年チーム内のトップ選手はマイナーリーグにドラフトされる。したがって肩甲運動異常テストで用いる運動負荷は選手の体格、運動レベルを考慮に入れる必要があるだろう。

投手の肩甲骨運動異常

Scapular Dyskinesis(肩甲骨運動異常)を投手と野手で比較

全米大学スポーツ(NCAA)D1に所属する大学1チームを対象に研究を行った。投手13名を含む30名を調べてみると約半数(投手7名、野手7名)の選手が利き腕側に軽度の肩甲骨運動異常が見られた。検査はシーズン前の1月第2週に行い、その際投球肩および肘の状態を自己評価してもらった。自己評価は幅10㎝の直線に×印を付けてもらう視覚連続尺度 (Visual Analogue Scale, VAS) を用いたKerlan-Jobe Orthopaedic Clinic (KJOC) Score、一般に主観的成果評価とも呼ばれるもので行ってもらった。

KJOCスコアは10項目の質問からなり、前半の4つは投球側の腕の状態の質問で、後半の5つは投球中のコンディションに関した質問である。興味深いことに5つ目の質問は監督やコーチとの関係についてである。各項目の質問に対し、10 cmの直線の左側が最悪で右側が最良であり、このことから直線の左端から選手が×を付けたところまでの長さを測り、その長さが各項目の点数(10点満点)になる。10項目あるので満点が100点である。

<写真>右投げ中継ぎ投手の軽度な肩甲骨運動異常(右側)。KJOCスコアのシーズン前は65.6でシーズン後は28.3であった。シーズンでは16回の登板数に42.1イニングの出場があった。

研究は肩甲骨運動異常に加えKJOCスコアをシーズン前とシーズン後に比較した。アメリカの大学スポーツ(NCAA)はシーズン制で行われ、大学野球は2月第3週から5月第3週の95日間に56試合が行われる。その後各リーグで勝ち上がったチームが大学選手権大会へとコマを進める。シーズン前の1か月はチーム練習が行われ、オープン戦として近隣の大学、OB戦などが組まれる。

肩甲骨運動異常の投手はKJOCスコアを有意に低下

その結果、肩甲骨運動異常の投手は5月第3週に再質問したKJOCスコアを有意に下げ、それに対し肩甲骨運動異常のなかった投手はシーズン前後に有意差を示さなかった。一方で野手は肩甲骨運動異常の有無に関係なくシーズン前後のKJOCスコアに違いはなかった。


上記のグラフは、縦軸はKJOCスコアで横軸はシーズン前(PRESEASON)後(POSTSEASON)である。■が肩甲運動異常の投手群(WITH SD)で〇はその異常のなかった投手群(WITHOUT SD)である。

肩甲骨運動異常テストは投手のみに有効

今回の研究は大学野球NCAA-D1の選手を対象に行ったことから、研究結果を他の競技やレベルさらに異なる年齢群に応用するには限界がある。また先発投手と中継ぎあるいは救援投手間でも投球数やブルペンでの準備頻度も違う。一般に先発投手はチーム内でも制球力、持久力に優れている上位4人である。今回のKJOCスコアでも先発投手群はシーズン前後で有意差を示さなかったが、中継ぎ、救援投手群はそのスコアを有意に下げた。しかし対象者の人数が少ないことから結論は今後の研究に期待することになった。


上記のグラフは、縦軸はKJOCスコアで横軸はシーズン前(PRE)後(POST)である。●が先発投手群(GS)で、□は中継ぎ、救援投手群(SUR)である。肩甲運動異常の有無に関係なく、中継ぎ、救援投手群はKJOCスコアをシーズン前後において有意に下げた。一方で先発投手群(4名)はシーズン間においてKJOCスコアに違いを見せなかった。

肩甲骨運動異常テスト

選手の両手首に3.2㎏のリストカフを付け、肩甲上腕関節の最大屈曲位から5秒かけてスムーズに下ろす。運動負荷や矢状面における屈曲・伸展運動は先行研究に基づくものである。次回は、肩甲骨運動異常テストを構築するにあたり筋電図で肩甲骨周辺筋の働きを調べたことを説明する。

Level of Evidence 1

本研究は投手群と野手群の2群に肩甲骨運動異常の有無に分け、シーズン前後の成果(KJOCスコア)比較したものであった。つまりランダム化比較試験(randomized controlled trial)であり、専門誌(Journal of Shoulder Elbow Surgery)から根拠に基づくエビデンスのレベル1に認定された。