Scapular Dyskinesis(肩甲骨運動異常)を投手と野手で比較
全米大学スポーツ(NCAA)D1に所属する大学1チームを対象に研究を行った。投手13名を含む30名を調べてみると約半数(投手7名、野手7名)の選手が利き腕側に軽度の肩甲骨運動異常が見られた。検査はシーズン前の1月第2週に行い、その際投球肩および肘の状態を自己評価してもらった。自己評価は幅10㎝の直線に×印を付けてもらう視覚連続尺度 (Visual Analogue Scale, VAS) を用いたKerlan-Jobe Orthopaedic Clinic (KJOC) Score、一般に主観的成果評価とも呼ばれるもので行ってもらった。
KJOCスコアは10項目の質問からなり、前半の4つは投球側の腕の状態の質問で、後半の5つは投球中のコンディションに関した質問である。興味深いことに5つ目の質問は監督やコーチとの関係についてである。各項目の質問に対し、10 cmの直線の左側が最悪で右側が最良であり、このことから直線の左端から選手が×を付けたところまでの長さを測り、その長さが各項目の点数(10点満点)になる。10項目あるので満点が100点である。
<写真>右投げ中継ぎ投手の軽度な肩甲骨運動異常(右側)。KJOCスコアのシーズン前は65.6でシーズン後は28.3であった。シーズンでは16回の登板数に42.1イニングの出場があった。
研究は肩甲骨運動異常に加えKJOCスコアをシーズン前とシーズン後に比較した。アメリカの大学スポーツ(NCAA)はシーズン制で行われ、大学野球は2月第3週から5月第3週の95日間に56試合が行われる。その後各リーグで勝ち上がったチームが大学選手権大会へとコマを進める。シーズン前の1か月はチーム練習が行われ、オープン戦として近隣の大学、OB戦などが組まれる。
肩甲骨運動異常の投手はKJOCスコアを有意に低下
その結果、肩甲骨運動異常の投手は5月第3週に再質問したKJOCスコアを有意に下げ、それに対し肩甲骨運動異常のなかった投手はシーズン前後に有意差を示さなかった。一方で野手は肩甲骨運動異常の有無に関係なくシーズン前後のKJOCスコアに違いはなかった。
上記のグラフは、縦軸はKJOCスコアで横軸はシーズン前(PRESEASON)後(POSTSEASON)である。■が肩甲運動異常の投手群(WITH SD)で〇はその異常のなかった投手群(WITHOUT SD)である。
肩甲骨運動異常テストは投手のみに有効
今回の研究は大学野球NCAA-D1の選手を対象に行ったことから、研究結果を他の競技やレベルさらに異なる年齢群に応用するには限界がある。また先発投手と中継ぎあるいは救援投手間でも投球数やブルペンでの準備頻度も違う。一般に先発投手はチーム内でも制球力、持久力に優れている上位4人である。今回のKJOCスコアでも先発投手群はシーズン前後で有意差を示さなかったが、中継ぎ、救援投手群はそのスコアを有意に下げた。しかし対象者の人数が少ないことから結論は今後の研究に期待することになった。
上記のグラフは、縦軸はKJOCスコアで横軸はシーズン前(PRE)後(POST)である。●が先発投手群(GS)で、□は中継ぎ、救援投手群(SUR)である。肩甲運動異常の有無に関係なく、中継ぎ、救援投手群はKJOCスコアをシーズン前後において有意に下げた。一方で先発投手群(4名)はシーズン間においてKJOCスコアに違いを見せなかった。
肩甲骨運動異常テスト
選手の両手首に3.2㎏のリストカフを付け、肩甲上腕関節の最大屈曲位から5秒かけてスムーズに下ろす。運動負荷や矢状面における屈曲・伸展運動は先行研究に基づくものである。次回は、肩甲骨運動異常テストを構築するにあたり筋電図で肩甲骨周辺筋の働きを調べたことを説明する。
Level of Evidence 1
本研究は投手群と野手群の2群に肩甲骨運動異常の有無に分け、シーズン前後の成果(KJOCスコア)比較したものであった。つまりランダム化比較試験(randomized controlled trial)であり、専門誌(Journal of Shoulder Elbow Surgery)から根拠に基づくエビデンスのレベル1に認定された。
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