投球・サーブ障害肩予防トレーニング

投稿者: tsuruike (3ページ目 (4ページ中))

腰痛予防と内腹斜筋

腰痛の原因に内腹斜筋の不均等な筋活動が指摘されている。内腹斜筋は胸腰筋膜を介して腰椎を安定させている。たとえば思春期後期のサッカー選手の腰痛は内腹斜筋の左右不均等があるLinek 2018)。また腰多裂筋も直立位において腰椎を安定させている(Hides 2016)。このことから腰痛は腰多裂筋の萎縮にも関係しているGoubert 2017)。

図はOatis 2004から転用。Internal Oblique:内腹斜筋。

図はOatis 2004から転用。Multifidus:(腰)多裂筋。股関節屈曲筋である腸腰筋に対しての拮抗筋。

上肢の運動と立位の研究から内腹斜筋は片足の荷重側において活性し、腰多裂筋はタンデム立ちで活性する(コアスタビリティエクササイズ)。投球やサッカーボールを蹴るなどの全身スキル運動において体幹の筋群は下肢から上肢への連動に不可欠であるKibler 2006)。

体幹筋の活性は最大筋力10%

日常生活での体幹筋は最大筋収縮の5%、激しい運動でも10%程度しか活動していないKibler 2006)。体幹筋は随意運動でなくむしろ不随意運動である。この場合の不随意運動は脊髄反射でなく、脳幹から下降している錐体外路の指令のことである。錐体外路は、さまざまな情報を受けて随意運動の遂行、達成を補助している(Lemon 2008)。

あお向けや横に寝た姿勢でのエクササイズ

内腹斜筋を活性させる運動として片足ブリッジ、バードドッグ、プランクエクササイズが挙げられている。あお向けや四つんばいでの体幹エクササイズは随意運動として体幹筋を活性することができる。しかし片足ブリッジ(Stevens 2006)、バードドッグ、プランクエクササイズ(Imai 2010)での内腹斜筋の筋活動はせいぜい最大筋活動の20 – 40%である。直径65 cmのゴムボール(通称Swiss Ball)を使ってロールアウト、パイク、スキーヤーエクササイズでも最大筋活動の40 – 50%程度であるEscamilla 2010)。

写真はパイク(左)、スキーヤー(右)エクササイズ(Escamilla 2010

内腹斜筋最大筋出力の測定方法

ちなみに筋電図で内腹斜筋の最大筋出力を測定する方法は、まず被験者にあお向けに寝てもらい股関節と膝関節を45°に曲げてへそを背骨に吸い込ませるようにドローインしてもらう。それを保ちながら肩甲骨が床から上がるか否かの高さで最大のアブドミナルクランチをしてもらい、そこから検者が被験者の両肩を上から最大に押した値を最大出力(100%)としている。被験者も検者も結構必死になって最大値を決めている。

ツイストエクササイズ

独自のツイスト盤の上で被験者にツイストしてもらった。盤は土台に対し上の円盤が回転するような仕組みである。被験者には毎分90回と150回のメトロノームに合わせて左右各45°の合計90°のツイストを20秒間してもらった。また各速度において1)膝伸展位2)膝関節30°に曲げた運動ポジション3)スクワットの姿勢から一つの方向に膝伸展、逆方向に膝屈伸のスクワットの3種類のツイストを行ってもらった。どのツイスト運動においても両肩は極力正面に向けた姿勢を保ってもらい、腕はフリーに動かしてもらった(Tsuruike 2020)。

 

写真は膝伸展(左)、運動ポジション(右)

毎分150のメトロノームに合わせた膝伸展ツイスト運動の動画:

結果、膝伸展を保ちながら毎分150回のツイストで内腹斜筋は最大筋力の60%以上を活性させることができた。実験データの有効性を確保するために被験者にはツイスト運動の後に片足ブリッジ、バードドッグ、かかとと膝がしらのラインを整えた片膝つき姿勢で内腹斜筋を測定したが、どの運動も最大筋力20%にも達しなかった。

図は毎分150回のツイスト運動中の内腹斜筋の筋電活動。SLは膝伸展、APは膝屈曲位30°の運動ポジション、DEは連続スクワット。DOMは利き脚(ボールを蹴る側)(黒)NONは非利き脚(軸足側)(灰色)。縦軸は最大筋出力の割合(%)* P < 0.05

   

写真は片足ブリッジ(左)、バードドッグ(真ん中)片足膝たち姿勢(右)

腰方形筋と横隔膜

体幹の動きに働く筋としては腰方形筋がある。腰方形筋は前額面の安定だけでなく体前屈、伸展、体側にも働く。さらに横隔膜の働きも腹内圧を高めることから体幹の安定に欠かせない。しかし腰方形筋と横隔膜の働きが腰痛を予防しているかは明らかでない。

内腹斜筋のトレーニング

内腹斜筋は股関節屈曲にも共同筋として働いている(Pereira 2017)。その上で内腹斜筋を鍛えるなら立位で膝伸展ツイストするか、サウンドバッグでキックしその時の荷重側の地面反力で鍛えるかになりそうである。しかし荷重側の大殿筋が抗重力筋として働いているなら股関節屈曲筋は相反抑制になり、その結果内腹斜筋が働くかどうかわからない。

投球肘内側痛のストレステスト Moving Valgus Stress Test

肘の外反ストレステスト

肘尺側側副靭帯(UCL)損傷を調べるのに外反ストレステストがあり、手のひらを上に向けた回外位で行うのと手のひらを下に向けた回内位で行う方法がある。

前腕を回外位で外反ストレステストを行う場合は、肩甲上腕(肩)関節が最大に外旋していることが大切である。しかし靭帯の弛緩を見るのに肘関節の屈曲位30°、50°、70°で違いはない。理由は橈骨頭と上腕骨遠位端(小頭)の関節および蝶番の腕尺関節がともかく外反に抵抗しているためである(Hariri 2010)。

腕尺関節の隙間(裂隙)幅は安静時で3 mm程度である。たとえば肘を痛めていない40名のプロ投手の利き腕側の最大外反ストレスによる裂隙開大は安静時から比べ1.2 ± 1.0 mmで非利き腕側が0.9 ± 0.6 mmであった(Ellenbecker 1998)。つまり膝の外反ストレステストと異なり、肘外反ストレステストは安静と開大時とで靭帯の弛緩を比較するのは難しい。

写真は肘屈曲位25°、回外位、肩関節外転位65°に最大外旋位において外反装置で肘内側裂隙の開大を測っている(Ellenbecker 1998)。

投球肘で内側に痛みをもつ若年者74名[(平均年齢: 18.7)うち62名は投手]に肘関節20–30 度に外反ストレスを与えレントゲン撮影して調べた結果(下の写真)、UCL損傷側(投球側)は安静時に3.1 ± 0.5 mm,外反ストレスを与えた時に4.6 ± 0.8 mmの関節裂隙が開大した。それに対し非損傷側(非投球側)では,外反ストレスを与えた時に4.2 ± 0.7 mmであり、外反ストレス有無における関節裂隙の開大差が0.4 ± 0.6 mmであった。この結果、損傷有無で裂隙の安静時には有意差はなく、開大差においては有意差が見られた。しかし被験者の22%は非損傷側の方が開大しているなど、肘に外反ストレスを用いたレントゲン撮影は重症度に関係なく有効でないと結論付けられているMolenaars 2020)。トップレベルの投手は投球側の肘内側の関節包、UCL靭帯を肥大させていてChalmers 2021、外反による開大に抵抗している。

図はMolenaars 2020から転用

写真はMolenaars 2020から転用

前腕回内での外反ストレステスト

肘UCLは前腕回内位で最大に弛緩する。理由は腕橈関節(橈骨頭と小頭)の抵抗を減らすためである。しかし回内での外反ストレステストの際、腕の外転運動が起きていないかに注意する必要があり、なによりも前腕の筋群が外反に抵抗することからやはりUCL靭帯の弛緩を調べるのは難しいChalmers 2017)。

Miking Maneuver test

肘尺側側副靭帯(UCL)損傷を調べるのにMiking Maneuver testがある。肩関節外転,外旋位,肘屈曲90°,前腕回外位において検者は患者の親指を握り,後方に引っ張ることで外反ストレスを生じさせ、UCL前斜走靭帯の後方線維にストレスを与えるErickson 2017)。

 

写真と図はErickson 2017から転用。肘屈曲位90°より深い角度ではUCL前斜走靭帯の後方線維にストレスを与えることができる。図に赤点線を加えた。

Moving valgus stress test

Moving valgus stress testは肩外転90度位,肘完全屈曲位で検者は手を患者の肘後部に当て外反力をつくる.次に患者の手のひらと自らの手のひらを合わせ ,患者の肘と手において外反力を与えながら肘を伸展させる。肘屈曲が浅くなればUCL前斜走靭帯の前方線維にストレスを与える(下の写真)。

写真と図はErickson 2017から転用

肘関節屈曲90°での痛み

Moving valgus stressテストで大切なことはどの肘屈曲角度で痛み(症状)が生じているかである。つまり尺骨側かあるいは上腕骨内側上顆側かである。触診で痛みの箇所を調べ、尺骨側に痛みがあるならば投手にとって保存治療の選択は厳しいものになるだろう。特に肘関節90°あるいはより深い屈曲位で尺骨側の靭帯遠位部に痛みがある場合は、前斜走靭帯の後方線維が損傷していることになるからである。一方で上腕骨内側上顆側の痛みなら保存治療は可能である(Frangiamore 2017)。

トミージョン手術患者の43%は肘内側に痛み

尺側側副靭帯(UCL)再建術(トミージョン手術)後平均9.75ヶ月において選手は肘内側に痛みを経験するKeller 2018)。ブルペンでの投球開始後のことである(Camp 2021)。

ブルペンでの投球は50%から75%の球速制限が設けられているが,感覚的に投球すると制限速度を超えてしまう。たとえば健常な大学生と高校生の投手37 名にスピードガンで最高球速を測定し,自己意識下において最大球速の50%と75%を投げてもらうと、球速はスピードガンで測定したのより有意に速くなる。また投球側の肘にウェアラブル加速度センサー(Motus Global, Rockville Centre, NY, USA)を着用して外反トルクを測定すると、スピードガンでの投球に比べ自己意識下での投球は有意に外反トルクを高くする(Lizzio 2020)。このことからUCL再建術後7–9ヵ月のブルペンでの投球練習はスピードガンで球速を制限する必要がある

図の●は自己意識下で投げた球速。◯はスピードガンの制限で投げた球速。縦軸が最高球速からの割合(%)。横軸が目標下の最高球速の割合(%)。明らかに自己意識下での投球の方が速い。

図の●は自己意識下で投げた球速。◯はスピードガンの制限で投げた球速。縦軸が肘にかかる最大トルクの割合(%)。横軸が目標下の最高球速の割合(%)。明らかに自己意識下での投球の方がトルク値を上げる。

 

https://www.drivelinebaseball.com/product/pulse-throw/(Motus Global, Rockville Centre, NY, USA)

UCL(トミージョン)手術後18.5ヵ月ではイニング数、防御率、インニングの四球安打数(WHIP)を手術前・後と比較しても有意差はない。しかし投手は手術後18ヵ月においても100%の投球感覚はないDines 2007) 。

トミージョン手術を受けた投手は、前腕筋だけでなく腱板、肩甲骨周辺筋さらにキネティックリンクエクササイズを少なくとも完全復帰するまで行う必要がある。

トミージョン手術

MLB投手のうち26%が尺側側副靭帯(UCL)再建術(通称トミージョン手術)を受けている。マイナーリーグ(MiLB)投手のUCL再建術は19%であったが、件数からだとMiLBの選手の方が4倍以上である。UCL再建術の87%は投手である。MLB投手の68%が26歳以降にUCL再建術を受けていたの対し、MiLB投手の88%は25歳以下で受けていたLeland 2019)。

UCL再建術後MLB投手の平均プレー年数4.8年

UCL再建術の復帰率はMLB投手で80%、MiLB投手で69%であったCamp 2018)。これは手術云々でなく、選手のプロとしての能力(契約)によるものである。UCL再建術後の現役選手の平均年数は、MLB投手で4.8年、MiLBが3.2年であった。これも選手としての契約の違いからである(Leland 2019)。

術後7–9ヵ月でブルペン

プロ野球投手の81%はUCL再建術後2 週目からリハビリを始め、術後5–6ヵ月から最大46 mの遠投を始め,52%の投手は術後7–9ヵ月からブルペンで投球を始める(Camp 2021)。

浅指屈筋、尺側手根屈筋、上腕筋がUCL損傷を最小限

UCL損傷予防に関して浅指屈筋があるFrangiamore 2018)。浅指屈筋は尺骨隆起内側およびUCL前斜走靭帯に付着し,上腕骨内側上顆までの前方内側関節包に付着している。しかし直接浅指屈筋の腱が内側腕尺関節をまたがっているわけではない。特に第5指と第2指の起始がUCL前斜走靭帯にアプローチしているHoshika 2019; Matsuzawa 2020)。浅指屈筋に加えて尺側手根屈筋もUCL前斜走靭帯にアプローチしているFrangiamore 2018)。もう一つ上腕筋がある。上腕二頭筋の後ろを走行していて、 尺骨に停止していることから前腕回内運動に影響しない。その停止部が尺骨鉤状突起であるためUCL損傷予防に貢献しているHoshika 2019)。以上この3つに筋腱がUCL損傷を最小限に防ぐことができるかもしれない。

図:浅指屈筋[ Flexor Digitorum Superficialis (FDS)]は尺骨隆起内側および前斜走靭帯(ABUCL)に付着し,上腕骨内側上顆までの前方内側関節包に付着している。尺側手根屈筋 [Flexor Carpi Ulnaris (FCU)]は鉤状結節(sublime tubercle)と尺骨隆起に付着し,UCLの前斜走靭帯と横走靭帯(OBUCL)および筋線維は横走靭帯付着。上腕筋(Brachialis)は尺骨粗面に広く付着し,鉤状突起(coronoid process)遠位部と鉤状結節(sublime tubercle)および尺骨隆起に付着。(Frangiamore 2018

致命的な遠位部(尺骨側)損傷

遠位部の損傷が再建術に関係する.(米国)プロ野球投手で遠位部の損傷のうち82%は症状の改善がみられなかった.しかし近位部を損傷した81%は保存治療で症状の改善がみられた.遠位部の損傷は12.4 倍の確立で保存治療による改善は見込まれないFragiamore 2017)。

腕尺関節において前斜走靭帯の遠位部が最も肘に対する外反力に抵抗し、腕尺関節の安定に貢献している。従って前斜走靭帯の遠位部で特に後方遠位部(写真のPD: Posterior Distal)が損傷すると外反制動を失うことになる。肘関節が屈曲すればするほど後方遠位部(PD)の貢献は増加し、伸展すればするほど前方遠位部(AD)の貢献が増加(Frangiamore 2017)。このことから前斜走靭帯後方遠位部の損傷は投球動作のコッキング後期に発生する。

コアスタビリティエクササイズ

事前にプログラムされた筋活動

コア(体幹)は、文字通り体の中心のことで、運動中の下肢からの力あるいはエネルギーを効率よく上肢に伝え、実際の投球やサーブなど腕の早い動きはコアの始動があってのことであるKibler 2006)。そしてキネティックリンク(連動)エクササイズとしてテニスなどメディシンボールエクササイズをよく用いている。

メディシンボール後ろ投げ

Functional Movement Screen®(FMS®)にRotary Stability、Push-up、Hurdle Step(Stepping)によるコアスタビリティ評価がある(下の図参照)。FMSは動きのパターンを評価しているのだが、これら3つのコアスタビリティ評価の得点とメディシンボール(2.72 kg)後ろ投げに有意な相関関係があったOkada 2010)。メディシンボールの後ろ投げは瞬発力を測るとも言われている(Beckham 2020)。しかしメディシンボール後ろ投げには賛否両論もあり、特に技術的な要因もあってか統計的信頼性(反復性)に疑問が残る。さらにフットボールやラグビーなど全身瞬発力が求められる選手でも、その種目特異性とメディシンボール後ろ投げに相関関係があるかと言えばそうでもないMayhew 2005; Duncan 2005)。

 

写真メディシンボール後ろ投げはOkada 2010から転用。

女子選手のACL損傷予防とコア

ラボデータではあるが女子選手の膝ACL損傷予防と体幹の反応力に関係があるようだZazulak 2007; Zazulak 2007; Noehren 2014)。

 

図は体幹の反応速度を測定(Zazulak 2007)。写真は体幹の安定性をボールに座って測定(Noehren 2014)。

コアエクササイズと競技力

コアエクササイズを取り入れたからといって競技パフォーマンスが向上するかはわからない。思春期のクロスカントリー(Clark 2017)やサッカー選手(Prieske 2016)において競技力向上にコアエクササイズの有無の有意差はなかった。またトップスピードから急な方向転換において体幹安定の高いグループとそうでないグループ間でパフォーマンステストを調べた研究もあった(Edwards 2016)がどれをとっても期待する結果を導き出すことができなかった。スポーツの奥の深さがうかがえ、スキルと測定による予測の難しさが分かる。

上肢の動きと逆側の体幹筋

腕を急激に上げようとすると、その動作直前に逆側の内腹斜筋と腹横筋の筋活動が働くAllison 2008)。内腹斜筋と腹横筋は腹筋の中で最も深部に位置している。それに対し表層にある腹筋が外腹斜筋と腹直筋であるが、肩甲上腕関節の水平内転と伸展の最大筋力では逆側の外腹斜筋が立位時における体前屈と同じぐらい働いたTarnanen 2008)。

写真はTarnanen 2008から転用

立位において上肢の動きが重心をずらそうとする際に体幹は経験からか、二足歩行の我々ゆえにか腕の動きの前に体幹の筋活動を上げ姿勢が崩れるのを防いでいる。こうした研究報告から現場では立位あるいは片膝たちからのチョップ・リフトエクササイズが取り入れるようになった。しかしチョップ・リフトエクササイズのやり過ぎが腹斜筋の肉離れを引き起こすのではないかとATの間で逸話されている。

https://prehabexercises.com/chop-and-lift-progression/から転用

下肢の末梢感覚器の役割

立った姿勢のバランスは、目から入ってくる視覚情報や頭の傾きを司っている三半規管装置(内耳に存在)より下肢の感覚器からの情報(固有受容器/Proprioception)が重要な役割をしている。何もしていない立位でのバランスにおいて70%の感覚情報は固有受容器によるHorak 2006)。固有受容器からの情報は脊髄小脳経路でバランスを保たれながら、大脳皮質の体性感覚に伝えられる。たとえば目が開いていようがなかろうが立ってられるし、目を閉じると意外に足、脚からの感覚を察知できるものである。

タンデムで多裂筋、片足立ちで内腹斜筋

下肢の固有受容器の視点から利き腕による上肢のリズミカルな動きと4つの異なる立ち方での体幹筋の働きを比較した(Tsuruike 2018)。立ち方には利き脚のかかとと非利き脚のつま先を揃えるタンデム立ち、利き、非利き脚それぞれの片足立ちに両足立ちが含まれた。

結果、タンデム立ちにおいて多裂筋が有意に大きく働いていた。つまり多裂筋は不安定な立位時に働くことがわかった。一方、利き腕側の運動と逆側の片足立ちでは立っている側の内腹斜筋が有意に働き、それに対し利き腕側の運動と同側の片足立ちにおいて逆側つまり足を浮かしている側の外腹斜筋が有意に働いた。このことから内側腹斜筋は腕の動きに関係なく、体重をのせている足に対応しOkubo 2010; Mok 2015)、一方で外腹斜筋は逆側の腕の動きに対応しているTarnanen 2007)。投球動作やバッティング動作に応用できるのではないかと思った。

体幹エクササイズとスポーツ

フィットネスにおいてともかく体幹が強調されている。プランクやサイドプランク(肘を付いてサイドブリッジ)さらに仰向けで行うデッドバグや四つんばいでのバードドッグエクササイズなど体幹の筋活動がよく働く。

 

プランク(左)、サイドプランク(中央)、バードドッグ(右)、写真はImai 2010から転用

研究ではスポーツとの関連性を示すのはなかなか難しい。されど体幹!?

スポーツはスキルを獲得、向上して競い合う。スキルを向上していく中で必然と体幹の筋力も適応してくのだと思う。体幹があってのスキルには懐疑的で「鶏が先か、卵が先か」ではなく、体幹は各個人のスキルレベルのバランスだと思う。大切なことはコアスタビリティ(体幹)エクササイズを考えるなら連動性(キネティックリンク)の視点からではないかと思う。

キネティックリンクエクササイズ

投球肩障害予防における小円筋の重要性

小円筋は肩甲上腕関節の回旋筋腱板の一つであり、外旋筋である。肩甲上腕関節の外旋筋には棘下筋もある。小円筋は棘下筋の45%かそれ以下の外旋力であるがKikukawa 2014; Walch 1998)、肩甲上腕関節が外転すればするほど、よく働く。一方で棘下筋は肩甲上腕関節外転時にその出力が低下するOtis 1994)。

図はKurokawa (2014) らの研究でPET(陽電子放出断層撮影)を用いて外転位0°(図上A)と90°(図上B)の外旋運動時の棘下筋(図下A)と小円筋(図下B)の代謝活動の働きを比較している。棘下筋は内転位でよく働き、小円筋は外転位90°で働いているのが分かる。

投球動作における棘下筋と小円筋の働きの違い

筋電図でプロ投手の投球動作における二つの外旋筋の働きが比較されている。加速期からボールリリース直後の減速期では、小円筋は最大筋力の54%から84%働いている。それに対して棘下筋は最大筋力の31%から37%働いているに過ぎない(Digiovine 1992)。

図はDigiovine 1992から転用。

棘下筋委縮でも投球は可能

プロ投手の4%は利き腕(投球)側の棘下筋が委縮していたCummins 2004)。女子プロテニス選手の半数以上が何らかの原因で棘下筋の委縮が見られていたYoung 2015)。

上の写真はプロテニスプレーヤー。利き腕側の棘下筋委縮が分かる(右)。Ellenbecker. Sport Therapy for the Shoulderから転用。

水平外転運動の小円筋

前回のブログで棘下筋の筋活動は外旋運動に比べ水平外転運動で有意に低下したことを示した。つまり肘を伸ばせば棘下筋の活動が抑えられる。これは投球動作で加速期において肘が伸びたことで棘下筋の筋活動が低下していることに一致する。一方で小円筋の筋活動は高いままである。

小円筋と三角筋後部線維

臨床現場においても、投手が投球後に肩甲骨外側縁上部1/3あたりに張りをよく訴える。小円筋の付着部である。しかしほとんどの投手が肩甲骨後面に張りを訴えることはない。そこで小円筋の働きを調べてみたら三角筋後部線維と共同に肩甲上腕関節水平外転に働くことが分かった(Tsuruike 2021)。

上の写真は大学野球選手が四つんばいになり、肩甲上腕関節外転位90°で矢状面(左)、肩甲面(中央)、前額面(右)において水平外転運動を行っていて、肩甲骨周辺筋の働きを比較した(Tsuruike 2021)。

棘下筋 vs. 小円筋

解剖学では棘下筋は上腕骨大結節1時から3時に停止している。小円筋は3時から5時に停止しているCurtis 2006; Hamada 2016)。生理学では棘下筋は羽状筋であり、小円筋は紡錘状筋である(Bacle 2017)。つまり棘下筋は速筋線維あるいは疲れやすいに対し小円筋は遅筋線維あるいは持久系と言える。

写真から肩甲上腕関節外旋を伴う水平外転運動時の小円筋(TMi)と棘下筋(IS)の筋収縮が見える。TMaは大円筋、PDは三角筋後部線維、Latissimus Dorsiは広背筋、Long Head of Triceps Brachiiは上腕三頭筋長頭である(Tsuruike 2021)。

肩関節の症状時は棘下筋、投球後の張りは小円筋

棘下筋は回旋筋腱板の中で大きく、肩甲上腕関節の安定に重要な役割をしている。術後や痛みがあるなど症状がある時は肩甲上腕関節内転位において外旋運動を行い、筋スパズム(痙縮)を和らげ、肩関節の柔軟性を向上すべきである。一方で投球障害肩予防トレーニングは異なる。如何にして小円筋をトレーニングし、投球後の筋スパズム、張りを和らげるかであるだろう。

CLXエクササイズ

セラバンドエクササイズ

セラバンドエクササイズは重力に影響なく、負荷は張力のみである。投球肩障害予防トレーニングにおいて立って行っても肩をすぼめることなくできる。ゴムバンドなので運動中の負荷は一定でない。伸ばせば筋活動が上がり、緩めばその活動が下がる。立位においては張力の変化が姿勢制御に影響を与える。

CLXバンド

CLX: Consecutive loopsは輪の連続ゴムバンドのことである。特徴として輪の中に手が入れやすい。さらに肘や膝にも輪を通すことができる。運動方法を工夫することができる。

運動負荷

CLXは一定間隔の輪なので運動負荷が計算できる。たとえば赤色のバンドの最大抵抗は1.7 kgである。そこで5つの輪のCLXを用意し、張力ゼロ(0)のところから2つ目の輪に手を入れ、最初の位置まで引っ張る。そうすると20 %(4/5)の長さを引っ張ることになり、単純に0.32 kg(1.7 kgの20%)あるいは320 gの張力の負荷になる。次に3つ目の輪に手を入れると60 %(3/5)引っ張ることになり、1.02 kgの張力になる。つまり引っ張る輪の数を分子に用意したCLXの輪の数を分母に計算し、あとはそれぞれの最大抵抗の大きさ(kg)に掛けることで運動負荷を計算することができる。メーカーが各色の最大抵抗の大きさを決めている。

このCLXバンドを用いて異なる腕の位置に異なる負荷で肩の筋活動を調べてみた(Tsuruike 2020)。腕の位置は、a) PNFのD1の位置(肩関節屈曲、外旋に水平内転、乗車後にシートベルトを取る位置)、b) 120°外転位、c) 90/90(肩関節外転90°外旋90°に肘関節90°屈曲位)であった(下の写真参照)。張力はCLXの赤を使い、長さの20%と60%の伸張を取り入れた。さらに等尺性筋収縮と自動運動を加えた。自動運動は毎分150のメトロノームに合わせた「リズミカル振動運動」であった。

90/90の腕の位置

D1の位置は、前鋸筋の筋活動が他の腕の位置よる有意に働いた。しかし僧帽筋下部線維活動がほぼなく、僧帽筋上部線維と下部線維の割合5倍になり、肩甲骨下角の突出ありインピンジメント症候群の患者には不適切だと判断した。

棘下筋筋活動

外転位120°と90/90の位置はそれぞれ僧帽筋下部線維が有効に働いていた。しかし外転位120°は90/90の位置に比べ僧帽筋上部線維の筋活動が有意に高かったので投球肩障害予防トレーニングの際は注意が必要である。また外転位120°では棘下筋の筋活動は90/90の位置に比べ有意に低かった(下の表参照)。棘下筋は肩甲上腕関節外旋に働くが水平外転運動にあまり働かない。

上の表は棘下筋の筋活動(最大筋力の割合%)である。赤色のCLXの長さそのまま(0%)と20%、60%に伸張(2段目)。D1、外転位120°、90/90の腕の位置での各筋活動が示されている。等尺性筋収縮とリズミカル振動運動の筋活動の違いが分かる。

リズミカル振動運動

毎分150のような比較的早い「リズミカル振動運動」を加えることで筋活動が1.5から2倍に増加した。これは大きな量的発見であった。

セラバンドは比較的古くからさまざまなリハビリエクササイズに取り入れられている。最大の利点は重力に関係ないことである。CLXバンドは運動に使いやすいだけでなく、負荷が決定できたことから筋電図研究にも使えた。

投球障害肩

メジャーリーグにドラフトされる選手において投球肩既往歴の有無、手術の有無はドラフト順位、出場機会、個人成績に影響を与えない(Ramkumar 2019)。しかし高校生からプロの投手が関節唇(SLAP)損傷修復術を受けると術前のパフォーマンスに戻れる割合は59%であった (Gilliam 2018)。さらにSLAP損傷修復術を受けたプロ投手のうち48%が現場復帰できたものの、術前のパフォーマンスまで戻った投手は7%であった (Fedoriw 2014)。こうした報告から最近はプロになればなるほどSLAP損傷修復術を避け、保存治療が好まれるようになった。

Peel-Backメカニズム

投手の関節唇損傷メカニズム(発生機序)は投球動作のコッキング最終期から加速期において肩甲上腕関節最大外旋により捻じれた上腕二頭筋長頭が急激に肘伸展することで関節唇を「むく」ためである。これを英語では“peel-back”と呼んでいる (Burkhart 2003)。

上の図は、上腕二頭筋長頭が関節唇を経て関節窩上方部に付着していることが分かる(A)。次に投球動作のコッキング最終期から加速期つまり肩甲上腕関節最大外旋から内旋が起き、加速期では急激に肘関節が伸展する。最大外旋において上腕二頭筋長頭の捻じれとその反動が分かる(B) (Burkhart 2003)。

投手の関節唇損傷は投球動作のオーバーユースであり、投手の特異性とでも言える。したがって痛みの症状は選手の関節形状や弛緩、投球動作、球速などによる。このことから関節唇損傷は症状がない限り投手の有益性とまで言われている(Ahamd 2018)。そしてほとんどのプロ投手は多かれ少なかれ関節唇損傷を発生させている。

肩甲骨運動異常タイプの違い

肩甲骨運動異常タイプIIの内側縁の突出は肩甲上腕関節を不安定にさせ、関節唇損傷や腱板損傷を引き起こしやすい。一方でタイプIの下角の突出(あるいは肩甲骨の前傾)は肩峰下の隙間を狭めるためインピンジメント症候群を引き起こしやすい。さらに投球後の三角筋後部の張りは肩甲上腕関節内旋可動域を減少させる(Thomas 2011)。内旋可動域の減少は 下角の突出(タイプI)を起こす原因になる。これを肩甲骨の「巻き上げ」(英語では”wind-up”)と呼ぶ(Kibler 2013)。投手の下角の突出はインピンジメント症候群を引き起こすことに繋がる。

これまでの先行研究は野球選手の肩甲上腕関節可動域の適応性が報告されている。たとえば高校生に比べ大学野球選手はより肩甲骨が外転している(Thomas 2010)。大学野球選手はシーズン前に比べシーズン後においては肩甲骨の上方回旋が減少している(Thomas 2013)。プロ野球選手はシーズン前に比べシーズン後において肩甲上腕関節の水平内転が減少している(Laudner 2013)などがある。

前向き研究

しかしどれも野球選手の肩甲上腕関節可動域の適応性と障害リスクの関係を示した研究はない。リスクとは予測のことであり、この場合投球肩障害の発生群と発生させなかった群の比率のことである。

肩甲骨運動異常の投手はそうでない投手に比べ5倍の投球肩障害

肩甲骨運動異常テストと投手の投球肩障害を4年間追跡した結果、肩甲骨運動異常を示した大学生投手はそうでなかった投手に比べ5.04倍投球肩障害を起こすことが分かった。4年間の「前向き研究」で追跡できた投手は36名、うち18名の投手が2年以上プレーした。興味深かったことは、複数年プレーした投手18名のうち81%の利き腕(投球)側の肩甲骨運動異常テストの結果が異常有無に関係なく前年と同じであったことである。一方で非利き腕側は42.9%が前年と同じテスト結果であった。つまり大学D1でプレーする投手の利き腕側の肩甲骨の動きは変化しにくいと言える。このことから肩甲骨運動異常の投手は専門的な予防トレーニングが必要になる。

写真はマイナーリーグにドラフトされた右投げ投手。3.2 kgの負荷での肩甲骨運動異常テストにおいて利き腕(投球)側の肩甲骨は安定しているが(右)、非利き腕側の肩甲骨はタイプII、内側縁の突出が見られる(左)。最大屈曲からの伸展動作は、僧帽筋下部線維が抑制され、矢状面での運動はさらに肩甲骨の突出を引き出すことになるが、選手は投手としての適応性を発達させていて、テストにおいて肩甲骨は安定している。その一方で非利き腕はそれが見られない。

野球選手の投球肘の障害は肩の障害に比べ3.5倍多い

野球選手は投球肩障害より肘の障害の方が3.5倍多い(Ramkumar 2019)。私らの追跡調査でも投球肩障害より肘の障害の方が2倍多かった。しかし投手が尺側側副靭帯再建術、通称「トミージョン術」を受けたとしてもその復帰率は高い。たとえばトミージョン術を受けた80%のMLB投手は術前と同じパフォーマンスかそれ以上に復帰しているLeland 2019)。これは投球肩障害の修復術に比べ明らかに高い。今後のブログで投手の投球肩障害予防のトレーニングについて科学的視点から説明していきたい。

関節唇(SLAP)損傷鏡視下手術の既往歴のある投手

肩甲骨運動異常(scapular dyskinesis)テスト中に過剰な僧帽筋上部線維の筋活動をみせた投手(NCAA-D1)がいた。選手は高校時に関節唇(SLAP)損傷鏡視下手術を受けてたが、短大でのプレーを経て大学D1チームでプレーすることになった。当時のチームATとの会話で常に投球側の肩に痛みがあったと言う。ATはリハビリメニューを作成し、選手もそのメニューを行う日々であった(下記参照)。

肩に症状がある投手のリハビリメニューとしては専門的であり問題はない。ただ前鋸筋へのアプローチが多く、僧帽筋下部線維を強調したトレーニングはStanding Ext Rot 90/90 with Elastic Bandがあるものの乏しい。肩甲上腕関節外旋筋のメニューもSide lying Ext Rotはあるが、これは主に棘下筋を活性化させる運動である。

肩甲骨運動異常タイプ2

肩甲骨運動異常はKibler氏によって4つに分類された。この選手の肩甲骨運動異常はタイプ2の肩甲骨内側縁の突出であった。

  • タイプ1は、肩甲骨下角が突出
  • タイプ2は、肩甲骨内側縁が突出
  • タイプ3は、肩甲骨上角が突出
  • タイプ4は、突出なしの普通(安定)

私らの研究では、選手が最大屈曲位から5秒かけてスムーズに肘を伸ばして腕を下ろす中で屈曲90°位の肩甲骨の運動状態を注視する。今回分かったことは、彼の肩甲骨運動異常が3.2 kgのリストカフを付けた時に顕著に表れたことであった。

 

写真は関節唇(SLAP)損傷鏡視下手術の既往歴のある大学4年生投手の肩甲骨運動異常テストである。腕を上げる屈曲運動では肩甲骨運動異常が見られないが(左)、腕を最大屈曲位から下す中でその異常が見られた(右)。運動負荷は3.2㎏のリストカフであった。

最初のグラフは僧帽筋下部線維の筋活動を示している。縦軸は最大筋活動からの割合で、横軸は腕を下ろしている5秒間である。左の折れ線が負荷ゼロ(0)、真ん中が1.8㎏、右が3.2 kgのリストカフを付けた時である。●が最大外転位から体側までの内転運動で、が最大屈曲位から体側までの伸展運動である。グラフから腕を下ろし始めた2秒後の伸展運動において僧帽筋下部線維の活動が急激に低下しているのが分かる。このあたりが屈曲90°位である。

次の二つのグラフは僧帽筋上部線維と下部線維の筋活動の割合を示している。左のグラフが最大屈曲位から腕を下ろし、右のグラフが最大外転位から腕を下ろしている時である。横軸は最大挙上から腕を下ろしている5秒間を示している。左の棒グラフがゼロ(0)で、中央の棒グラフが1.8 kg、右の棒グラフが 3.2 kgのリストカフを付けた時である。黒棒が利き腕側、白棒が非利き腕側である。利き腕側の伸展運動時の僧帽筋上部線維と下部線維の割合が非利き腕側に比べ明らかに高い(グラフ左)。一方で内転運動ではその割は運動負荷に関係なく一定であることが分かる(グラフ右)。

上記のグラフから選手の肩甲骨運動異常は僧帽筋上部線維の過剰な筋活動と僧帽筋下部線維の過少な筋活動が原因と言える。しかしその異常な割合は伸展運動時のみに見られ、内転運動では見られなかった。

選手は、シーズンにおいて22回登板で41.1イニング投げ、防御率3.70であった。全米大学スポーツ(NCAA)D1の野球は2月第3週から5月第3週までの95日間で56ないし57試合が組まれる。彼はシーズン当初から肩の痛みを訴えていたが大学最終学年でもあり最後まで全うした。

投手へのトレーニングは今回の症例報告や肩甲骨運動異常テストの研究を通じてより分かってきた。僧帽筋下部線維を強調したトレーニング方法は追って説明していきたい。

野球選手の肩甲骨周辺筋の特異性

腕の上下運動中において僧帽筋上部線維、下部線維、前鋸筋、三角筋前部線維の働きを筋電図で左右比較してみると、利き腕(投球)側の僧帽筋上部線維は非利き腕側に比べ有意に低く、一方で利き腕側の僧帽筋下部線維はそれに比べ有意に高かった。

2013年にKibler氏らで’Scapular Summit’と題詞、肩甲骨運動異常(Scapular Dyskinesis)について権威ある学者間で同意文が作成された(Br J Sports Med, 2013)。論文は興味深く、今までさまざまな視点から投球肩障害メカニズムが議論されてきたが、肩甲骨運動異常がその一つの評価になるのではないかと思った。なにより肩甲骨運動異常が選手の肩の障害リスクに関係しているとのことであった。

肩甲骨運動異常テスト

肩甲骨運動異常テストとは肩甲上腕リズムにおいて肩甲骨の位置が異常であるかを視覚的に評価する方法である。つまり静的状態でなく腕の上下運動の中で肩甲骨の動きを評価することである。しかしこれまでの肩甲骨運動異常テストはさまざまな方法で取り組まれ、たとえば運動負荷はゼロ(0)から両手首に5 kgまで、腕の上下運動も矢状面、前額面、肩甲面と多岐に渡り、さらに上下運動速度も各2秒から5秒と異なった。これらの違いは先行研究の被験者に患者からさまざまな選手が含まれたからであった。

そこで私らは腕の上下運動を屈曲伸展と外転内転とで肩甲骨周辺筋の働きを比較することにした。その際、運動負荷は0、1.8、3.2 kgのリストカフを両手首に付け、運動速度を毎秒のメトロノームに合わせて選手に肘を伸ばしたまま腕の上下運動をしてもらった。運動中左右の僧帽筋上部線維、下部線維、前鋸筋、三角筋前部線維の働きを筋電図を用いて比較した。選手は大学1部に所属する肩に痛みのない現役野球選手28名であった。

屈曲伸展運動の動画→:flex sd test

結果は、運動負荷に関係なく利き腕側の僧帽筋上部線維の働きが非利き腕側に比べ有意に低く、一方で僧帽筋下部線維はそれと比べ有意に高かった。前鋸筋も同様に屈曲伸展において利き腕側が有意な高い値を示した。特に、僧帽筋上部線維と下部線維の働きが種目特異性を示していたことに関心を抱き、今後のリハビリトレーニングの研究に多くのヒントや手がかりを与えた。

左上の図は肩甲骨運動異常テストにおいて屈曲伸展運動中の僧帽筋上部線維の筋電の働き。右上の図は同テスト中の僧帽筋下部線維の筋電図の働き。縦軸が最大筋力時から筋電値の割合、横軸の各1から5(秒)は腕を上げていて、6から10(秒)は腕を下げている時系列である。各折れ線左は負荷0 kg、中央は1.8 kg、右は3.2 kgのリストカフを付けた時である。折れ線の赤は利き腕側で、黒は非利き腕側を示している。利き腕側と非利き腕側の僧帽筋上部、下部線維の働きがそれぞれ有意に違っていることが分かった。

測定の中で高校生の時に関節唇(SLAP)損傷鏡視下手術を受けた投手がいた。この投手は常に肩の痛みを訴えていただが4年生でもあってシーズン最後まで投げ切った。次回は、この選手の筋電図の特徴を説明する。

3.2 ㎏の負荷で最大屈曲位から腕を下げる

腕を最大に上げた屈曲位から下げる運動は、遠心性(伸張性)筋収縮で行われている。求心性(短縮性)収縮に比べ筋電図の働きは有意に低下する。さらに腕を横に上下運動(外転内転)に比べ前方での(屈曲伸展)運動はより肩甲骨の動きの異常を引き出しやすくする。こうしたことから肩甲骨運動異常テストは左右3.2 kgのリストカフを付け最大屈曲位から5秒かけて腕をスムーズに下げることにした(添付動画参照)。

全米大学スポーツ(NCAA)D1に所属する大学野球チームになるとほぼ毎年チーム内のトップ選手はマイナーリーグにドラフトされる。したがって肩甲運動異常テストで用いる運動負荷は選手の体格、運動レベルを考慮に入れる必要があるだろう。

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