MLBピッチスマートの経緯
投手から投球障害肩・肘を守るために考案されたMLB Pitch Smartガイドライン(日本語版)があります。その礎(科学的根拠)になったのが2010年に発表された研究論文(Fleisig et al. Am J Sports Med. 2010;39(2):253–257)でした。研究は1999から2008年までの10年間、毎年秋に電話と過去1年間の質問で少年野球の投球障害を追跡する調査でした。追跡調査開始時の対象者は少年野球投手481名(9歳から14歳)でした。
10年間に投手の5%(25/481名)が重症な投球障害を受け、その内訳は3名が肘の手術、7名が肩の手術を受け、14名は投球障害の手術回避のため野球を止めることになりました。受傷の平均年齢は17.6(範囲:11.9-20.9)歳でした。
年間100イニングで投球障害3.5倍
さらにこの調査はFisherの正確検定を用い70、80、90、100、110、120、130イニングの投球障害リスクを検証しました。その結果、年間100イニングの投球で障害を受ける割合は3.5倍に上ることでした。この調査研究は後のMLB Pitch Smartガイドライン(日本語版)ができる基礎になりました。
また10年間の調査期間中、4年間投手でプレーできた割合が30%(143/481名)で、1年間の投球平均インニング数は71 ± 42.1でした。一方で3年以下プレーした投手は65%(313/481名)でした。調査開始から10年後の調査終了時点では2.2%の選手が投手としてプレ-していました。
高校生投手のガイドライン
2023年に新たな10年間の追跡調査研究(Shanley et al. J Shoulder Elbow Surg. 2023;32:S106–S111)がありました。調査開始時の対象者は中学、高校投手261名(平均年齢14.2 ± 2.6歳)で、彼らの10年間の投球障害肩、肘(オーバーユース)障害を追跡しました。上記、追跡調査開始時の対象者年齢が9歳から14歳でしたので、それより後、レベルの上がった追跡になります。
参加登録した98%の投手は最低1シーズン投手としてプレーしました。調査の結果、投手63名が障害を発生させていました。
20%の投手は7年以上の追跡調査に参加し、短大、大学あるいはプロレベルでプレーをしていました。受傷しなかった投手191名のうち13%は高校卒業後もプレーし、一方で投球障害肩・肘に受傷した投手63名のうち56.2%は高校卒業後もプレーしました。
10年間で投手100名に換算して25.6の肩、肘の障害が発生し、手術介入は投手100名に換算して5.9人でした。投球障害リスクは競技レベルが上がれば約5倍高くなりました。前回の聞き取りと違い、今回の障害記録はAT、PT、医師の診断であり、受傷に伴う治療を受け、最低1日の練習あるいは試合出場ができなかった選手でした。研究はMLB Pitch Smartの投球制限では投球障害を軽減することができないことを指摘していました。
Pitch Smartの投球制限は少年野球や中学生に有効であって、高校生の投球制限としては再考を要するか、他の要因たとえば球速90マイル(時速144.8 km)のガイドラインを設けるなどが要するかもしれません。
早期野球選択と投球障害リスク
関連して早期野球選択の研究論文(Croci et al. Sports Health. 2021;13(3):230–236)があります。対象者は全米NCAAに所属する大学野球II部の学生選手30名、III部の選手49名さらに全米NAIA大学選手34名、全米クラブ野球II部の選手16名の計129名(うち投手49名)の選手でした。調査は、野球をしていた13歳時を振り返っての質問とその後の障害発生を聞き取る後ろ向き研究でした。以下の3つの質問に「はい」と答えれば +1 の合計3点満点で比較するものでした。
「8カ月以上野球をしていましたか」
「他の競技よりも野球を考えていましたか」
「他の競技をやめて野球に集中するようになりましたか」
結果は、早期野球のみに集中した選手(3点満点)は、2つの選択、あるいは選択0か1選手に比べ5倍肩に障害を発生させていました。
まとめ
投手のスキル習得は成長によるものなのか、指導によるものなのか、ともかく時間を要します。指導者は、投手が持ち前の能力を最大に発揮できるためにもまずは科学的ガイドラインに沿って、投手に経験を積み上げさせることが大切だと思います。そしてレベルを重ねるごとに専門の投球障害予防トレーニングが必要になるでしょう。