投球・サーブ障害肩予防トレーニング

カテゴリー: 肩のリハビリエクササイズ

少年野球の投球障害予防

MLBピッチスマートの経緯

 投手から投球障害肩・肘を守るために考案されたMLB Pitch Smartガイドライン日本語版)があります。その礎(科学的根拠)になったのが2010年に発表された研究論文(Fleisig et al. Am J Sports Med. 2010;39(2):253–257)でした。研究は1999から2008年までの10年間、毎年秋に電話と過去1年間の質問で少年野球の投球障害を追跡する調査でした。追跡調査開始時の対象者は少年野球投手481名(9歳から14歳)でした。
10年間に投手の5%(25/481名)が重症な投球障害を受け、その内訳は3名が肘の手術、7名が肩の手術を受け、14名は投球障害の手術回避のため野球を止めることになりました。受傷の平均年齢は17.6(範囲:11.9-20.9)歳でした。

年間100イニングで投球障害3.5倍

 さらにこの調査はFisherの正確検定を用い70、80、90、100、110、120、130イニングの投球障害リスクを検証しました。その結果、年間100イニングの投球で障害を受ける割合は3.5倍に上ることでした。この調査研究は後のMLB Pitch Smartガイドライン日本語版)ができる基礎になりました。
また10年間の調査期間中、4年間投手でプレーできた割合が30%(143/481名)で、1年間の投球平均インニング数は71 ± 42.1でした。一方で3年以下プレーした投手は65%(313/481名)でした。調査開始から10年後の調査終了時点では2.2%の選手が投手としてプレ-していました。

少年野球投手481名の10年間の追跡調査期間中に投手としてプレーしている人数(下の黒)とポジション変更でプレーしている人数(上のダークグレー)(Fleisig 2010)

高校生投手のガイドライン

 2023年に新たな10年間の追跡調査研究(Shanley et al. J Shoulder Elbow Surg. 2023;32:S106–S111)がありました。調査開始時の対象者は中学、高校投手261名(平均年齢14.2 ± 2.6歳)で、彼らの10年間の投球障害肩、肘(オーバーユース)障害を追跡しました。上記、追跡調査開始時の対象者年齢が9歳から14歳でしたので、それより後、レベルの上がった追跡になります。
参加登録した98%の投手は最低1シーズン投手としてプレーしました。調査の結果、投手63名が障害を発生させていました。

 20%の投手は7年以上の追跡調査に参加し、短大、大学あるいはプロレベルでプレーをしていました。受傷しなかった投手191名のうち13%は高校卒業後もプレーし、一方で投球障害肩・肘に受傷した投手63名のうち56.2%は高校卒業後もプレーしました。

 10年間で投手100名に換算して25.6の肩、肘の障害が発生し、手術介入は投手100名に換算して5.9人でした。投球障害リスクは競技レベルが上がれば約5倍高くなりました。前回の聞き取りと違い、今回の障害記録はAT、PT、医師の診断であり、受傷に伴う治療を受け、最低1日の練習あるいは試合出場ができなかった選手でした。研究はMLB Pitch Smartの投球制限では投球障害を軽減することができないことを指摘していました。

 Pitch Smartの投球制限は少年野球や中学生に有効であって、高校生の投球制限としては再考を要するか、他の要因たとえば球速90マイル(時速144.8 km)のガイドラインを設けるなどが要するかもしれません。

早期野球選択と投球障害リスク

 関連して早期野球選択の研究論文(Croci et al. Sports Health. 2021;13(3):230–236)があります。対象者は全米NCAAに所属する大学野球II部の学生選手30名、III部の選手49名さらに全米NAIA大学選手34名、全米クラブ野球II部の選手16名の計129名(うち投手49名)の選手でした。調査は、野球をしていた13歳時を振り返っての質問とその後の障害発生を聞き取る後ろ向き研究でした。以下の3つの質問に「はい」と答えれば +1 の合計3点満点で比較するものでした。
「8カ月以上野球をしていましたか」
「他の競技よりも野球を考えていましたか」
「他の競技をやめて野球に集中するようになりましたか」
結果は、早期野球のみに集中した選手(3点満点)は、2つの選択、あるいは選択0か1選手に比べ5倍肩に障害を発生させていました。

まとめ

 投手のスキル習得は成長によるものなのか、指導によるものなのか、ともかく時間を要します。指導者は、投手が持ち前の能力を最大に発揮できるためにもまずは科学的ガイドラインに沿って、投手に経験を積み上げさせることが大切だと思います。そしてレベルを重ねるごとに専門の投球障害予防トレーニングが必要になるでしょう。

動体視力を高めるためには

目から入ってくる情報は後頭部にある脳(後頭葉あるいは視覚野)に届けられ、そこから情報は側頭部にある脳(側頭葉)あるいは頭頂部にある脳(頭頂葉)で分析されます。側頭葉に送られる情報は文字やカラー、意味など静止した情報を処理し、頭頂部では動いている視界情報を処理します。
走っている車などの情報は動いているので頭頂部で処理されますが、自らも運転していて前方の車が同じスピードなら「静止」状態になり得ます。静止した視覚情報なら側頭葉から必要に応じ前頭部の脳(前頭葉)へと送られます。前頭葉は額にある脳のことで、側頭葉からの視覚情報を過去の経験や時には感情に照らし合わせ、意思決定を行います。

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視覚情報はまず後頭葉(視覚野)に届き、静的な情報は側頭葉(紫色)、動的な情報は頭頂葉(黄緑色)へ送られ分析、処理される(https://en.wikipedia.org/wiki/Two-streams_hypothesis)

同時に複数の物を見る練習

一つのことだけを見るだけなら瞬時の意思決定に問題はないのですが、同時に複数のことを見て意思決定をするとなると遅れます。動的視力を高めるには、日ごろから同時に「複数の物を見る」訓練が必要になります。クラスター(集合)から判断できる能力のことです。見るだけでなく素早く行動を起こす訓練も必要になります。例えば「もぐらたたき」であればすべての穴を見て反応できるようにするなどです。自らも動いての動体視力ならバスケットボールの3対3のような味方と相手、ボールを同時に見るような練習方法が有効になります。運動においては、視覚、時に聴覚、頭の動きの知覚情報を同時に処理する訓練も動体視力を高めることに繋がります。

視覚と指先の連結

視覚と指先の動きは連結することができます。慣れればかなりの精度で、しかも反射的に連結できます。例えば野球のキャッチボールなど目からの情報とボールを取る運動です。

頭の動きと眼球の連動

外野に飛んだフライボールを追うとなると体を捻りながら走り、同時に左右の頭の動きが発生します。その際の頭の動きと眼球の動きも連動しています。この場合ボールから目を離さないために頭の動きの逆側に眼球が動きます。

動体視力と注意力

動いているものを見るなら視覚情報は頭頂葉に向かいます。この時必要になるが注意力です。注意がなければ動いている視覚情報は認識されないためです。たとえば走っている車の車種やカラーなど気にならないのが一般ですが、興味ある車が走っていると見ようと注意し、いろいろ比較したりするかもしれません。比較するなら前頭葉で行われますので頭頂葉に映し出された動画の一コマ、一コマを前頭葉に送ることになります。

費用対効果の代償

動体視力には2つの欠点があります。一つは費用対効果の代償です。例えば相手が予測通りの動きなら反応は速く、外れれば余計に反応時間がかかることです。2つ目は相手のフェイントに惑わさせられることです。これはラグビーやバスケットボールでよく見る相手を引き出し抜くテクニックのことです。
恐らく剣道の達人になるとこれら費用対効果の代償やフェイントは通じないでしょう。彼ら目に見えない「心の動き」を読み始めているかもしれません。 つまり予測の予測です。

想定内の容量

最後に動体視力を高めるには如何にして想定内の容量(キャパ)を増やせるかになります。事前に起こり得ることは頭に入れれば入れるだけ動体視力に役に立ちます。一方で予期せぬできごとや自分の名前が耳に入った時などは注意力が逸れ、動いている視覚の処理に影響を与えます。また事前にアドバイスがあったならそれを思い出すたびに自ら行動に影響を与えるかもしれません。

ヒトの神経回路はある意味ケーブルのようなものです。しかしヒトの神経回路はインターネットの「光ファイバー網」のように取り換え、速度を上げることができません。動体視力を高めるには同時に複数の情報処理する能力を鍛えることや事前の想定内キャパを増やすことでできます。これを神経科学では可塑性(plasticity)と呼んでいます。

ワーキングメモリー

視覚情報に瞬時の記憶を引き出し前頭葉で意思決定する際に欠かせない能力が「ワーキングメモリー」です。ワーキングメモリーとは一般に7つ前後の数字を覚える程度の記憶量で、目的、この場合意思決定が終われば忘れます。しかし私たち人ととしてのクリエイティブ(創造)をする時このワーキングメモリー量と睡眠が大いに関わっています。またワーキングメモリーとドーパミン放出量は比例し、ドーパミンは報酬だけでなく意欲動機付けに関係します。

錯覚

健常な私たちの行動で最も頼っている感覚器が視覚です。しかし視覚はしばしば錯覚することがあります。主に処理の過程で思い込みや偏見で起きます。一方で聴覚や嗅覚は錯覚がなく瞬時に危険性を認知させてくれます。つまり良いか悪いか、安全か危険かです。例えば飛行機整備士がハンマーで軽くたたくのは音の違いで不良を判断します。

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錯覚その1 横の線の長さは同じだが違うように見える
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錯覚その2 オレンジの淵が外か中で羊の毛の色が違うように見える

投球障害肩予防トレーニング

肩関節と投球動作

身体の中で最も可動域のある肩はさまざまな運動を可能にしています。スポーツもその一つで特に投球やテニス、バトミントンのサーブ、バ`レーボールのアタックなどがそうです。

習慣性スポーツ活動は目的の運動に合わせて肩周辺の筋肉も発達させます。運動「スキル」が上達すれば最小限の筋力で運動の最大効果を発揮することができます。

運動学習

スキルを習得するには反復練習でフォームを確立することになります。特に投球やサーブのフォームは「クローズド・スキル」と呼ばれ、試合中であっても自らが開始する運動になります。サッカーやバスケットボールなど相手の動作による反応が前提の「オープン・スキル」と違い、クローズド・スキルは正確性、スピードを高めるための練習になります。

フォームを固めるためには部分トレーニング「分習法」や器具で類似の練習も行うことになりますが、トレーニングはあくまでも種目に沿った「特異性」になります。そして最終的には試合形式の練習が必要になります。さまざまな環境下の試合で習得したパフォーマンスの正確性やスピードを発揮するためには「失敗から学ぶ」経験が必要になるからです。

腱板/関節唇損傷

フォーム習得までの「反復練習」はその質を追求するがゆえに腱板と呼ばれる肩関節周辺筋を損傷させることになります。スキル習得後の効率良い筋肉の働きは逆に関節包や関節唇と呼ばれる肩関節内の結合組織を損傷させることになります。この場合の損傷は「症状としての痛みがでる」こともあれば「関節自体が適応する」こともあります。

特別なトレーニング

腱板や関節唇の損傷をできる限り避けるための予防を「特別なトレーニング」と呼び、チューブやミニメディシンボール、リストカフなどリハビリテーションに使う器具を使い、肩関節から肩甲骨周辺筋つまり投球やサーブに関係する筋肉を鍛え、肩を痛めないようにする必要があります。

関節弛緩の問題

個人によって異なるのですが「関節弛緩の問題」もあります。どの関節も弛緩はあるのですが、特に肩関節は「ゴルフのティ」に「ゴルフボール」が乗った球関節でありそれが大きいです。

肩関節の弛緩が比較的に大きい選手は早い段階で肩に慢性痛を発生させるかもしれません。そうでない選手もスキル向上に伴いやはり慢性痛を発生させることになります。特に肩関節前方不安定性を示す選手は肩を痛めやすくなります。慢性痛を避けるためにより多くの「特別なトレーニング」が求められます。

肩関節の評価

肩関節の評価は「機能」になり、つまり個人の運動(目的)が達成できるかになります。その機能にあった関節可動域を獲得することになります。ゆえに肩関節に限っての評価は「関節の安定性」でなく個人の機能評価になります。

投球やサーブなどのスキルは地面反力からの力、エネルギーを下肢から体幹、肩甲骨を通じてボールやラケットを握っている手に伝えることができるか、キネティックリンクの効率になります。しかし肩の痛みとなれば肩甲骨の動き、肩関節の可動域の改善がまず求められます。

肩甲骨の動き

肩甲骨は、前傾/後傾、外転/内転、内旋/外旋、上方・下方回旋と呼ばれる8つの動きが腕の動きに合わせて起こります。肩甲骨の適切な動きが起きなければ肩関節を痛めることになります。特別なトレーニングは肩甲骨の動きを最大かつ最適に引き出す運動になります。

投球障害肩予防トレーニングの研究は興味深く、この10年間積極的に取り組みエビデンスに基づいたエクササイズを確立しています。その結果、投球動作に必要な腱板の筋力も向上することがわかってきました。

KJOCスコア

KJOC (Kerlan-Jobe Othopaedic Shoulder & Elbow) スコアを早稲田大学スポーツ科学学術院の広瀬統一教授とで日本語に翻訳しました。翻訳後に母国語が英語で日本語が堪能な同学術院のトンプソン教授に英語(back translation)にしていただき、さらに原本のKJOC Scoreとback translationされたKJOCスコアをテニス、投球障害肩の臨床、研究において第一人者であるTodd S. Ellenbecker氏に検証していただき、その内容に違いないことを承認していただきました。

今後、私たちの臨床および研究活動でこのKJOC用紙を公式に使っていきます。

KJOCスコアについて、私たちは大学(NCAA-D1)投手と野手の肩甲骨運動異常(scapular dyskinesis)の有無を対象にシーズン前とシーズン後のアウトカムとして用い、ランダム化比較試験を行いました(Tsuruike, Ellenbecker, Hirose 2018)。その結果、肩甲骨運動異常を示す投手はシーズン前に比べシーズン後のKJOCスコアが有意に減少させた。一方で肩甲運動異常を示さなかった投手はシーズン前後のKJOCスコアに有意差はなかった。これに対し野手は肩甲運動異常の有無に関係なくシーズン前後のKJOCスコアに有意差はなかった。この報告についてはブログをご参照していただければ幸いです。

KJOCスコアに関する最新出版です。[下記の表紙クリックで論文(PDF)をご覧いただけます。]

最新論文出版

側臥位で90°肩外転位に肩甲骨を内転させ少し肩を水平内転させた運動で効果的に僧帽筋下部線維を活性化し、一方で他の周辺の筋活動を抑えることができました。投球障害肩リハビリエクササイズでこれまでにない、画期的な運動方法だと思っています。論文はフリーアクセスできます。

肩甲面での外転運動 “Scaption”

肩甲上腕関節(肩関節)の外転を肩甲面で行うことを“Scaption”と呼んでいる。Abduction in the scapular planeからの造語である。肩甲面とは、肩甲骨が胸郭(の楕円形)に合わせて前額面(身体を前後に切る面)から40°前方に傾いているところを言う。肩甲面で親指を上に向けて腕の上下運動を行っても上腕骨大結節と烏口肩峰靭帯が衝突しないため、違和感なくスムースに腕を上げることができる。

図は肩甲面で前額面から40°前方に傾いていることがわかる。Oatis 2004から転用。

腕を上げることで生じる肩甲骨の上方回旋は、僧帽筋上部線維と僧帽筋下部線維とのフォースカップリング(協力)で起きる。(加えて肩甲骨内側縁から肋骨に伸びている前鋸筋も関与するがこれについては後で話す。)この二つの筋活動の割合は腕の外転角度で異なり、さらに立った姿勢(立位)あるいは四つんばい、うつ伏せ(腹臥位)でも変わる。つまり重力の方向でその割合が変わる。

図は僧帽筋上部線維と僧帽筋下部線維のフォースカップリングによって肩甲骨上方回旋が生じていることがわかる。Oatis 2004から転用。

ScaptionにおけるUT/LT

Scaptionを立位で行うと僧帽筋上部線維(upper trapezius: UT)/僧帽筋下部線維(lower trapezius: LT):UT/LTの割合は常に「1」以上で、体側から腕を上げ始める時は「2」で外転90°においても「1.7」である。つまり常に僧帽筋上部線維がより大きく関与する。それに対し、四つんばいでScaptionを行うと僧帽筋下部線維が肩甲骨上方回旋に最初から大きく関与していて、120°から135°を超えるあたりから僧帽筋上部線維が僧帽筋下部線維と同じぐらいの働きになる。

写真は、異なる姿勢での肩甲面での外転運動(scaption)である(Tsuruike 2019)。

図は被験者が5秒間かけてスムースに肩甲面で外転している運動(Scaption)で、横軸は最初5つの棒グラフが立位でのScaptionの1 – 5秒、真ん中が四つんばいの1 – 5秒、右が腹臥位の1 – 5秒を示している。運動開始3秒後がだいたい外転90°。縦軸が僧帽筋上部線維/僧帽筋下部線維(UT/LT)の筋活動の割合である。赤の破線がその割合が1のところである。* p < 0.05(Tsuruike 2019

6バックス・エクササイズ

Oyama(2010)らが6バックス・エクササイズでの筋活動を報告している。運動はすべて肩関節水平外転であり、腕の位置が1)90°外転2)90°+外旋3)120°外転4)120°外転+外旋5)45°外転に肘を90°屈曲6)完全伸展であった。すべて水平外転運動は負荷なしの6秒間で、その際に被験者には「両方の肩甲骨を引き寄せるように」との指示があった。

写真は6バックス・エクササイズ(Oyama 2010)。

6バックス・エクササイズで肩甲骨を引き寄せるには菱形筋を活性させなければならない。菱形筋と共同に働く肩甲挙筋も必然的に働き、それに並行に走行している僧帽筋上部線維も働くことになる。その結果肩をすぼめやすくなる。特に外転120°では僧帽筋上部線維の働きが最大筋活動の70%前後であった(Oyama 2010)。

肩に症状のある患者は特に僧帽筋上部線維を抑制する必要がある

肩甲運動異常やインピンジメント症候群の患者は僧帽筋上部線維の過剰な活性が指摘されている(Michener 2016)。症状のある患者は僧帽筋上部線維を抑制させながら肩甲骨上方回旋ができるように訓練を受ける必要がある。

写真は、肩関節120°外転位において僧帽筋下部線維と腕が一直線上になることが示されている(Reinold 2009)。このことから臨床において外転120°位での水平外転が勧められた。しかしまず選手は、腹臥位の肩関節伸展運動で僧帽筋上部線維の抑制をしっかり意識させてから行うべきである。Oyamaらの報告では腹臥位での伸展運動は僧帽筋上部線維が最大筋活動の15%しか働かないことを報告している。肩関節伸展運動で僧帽筋下部線維を活性化させてからの外転120°位での水平外転運動になるだろう。

四つばいScaptionで僧帽筋下部線維は活性する

一方で、四つばいScaptionは僧帽筋上部線維の活動が抑えられる。四つんばいでダンベルをもってScaptionを行っても外転120°までなら二つの筋の割合 (UT/LT) が「1」以下である。肩甲骨を引き寄せずに行い、僧帽筋下部線維を活性化させることができる(Tsuruike 2019)。

立って腕を上げれば前鋸筋は活性する

立って腕を上げるだけで前鋸筋は活性する(屈曲あるいはScaption)。立位において4 kgのダンベルでScaptionすると外転135°あたりで前鋸筋は最大筋活動の90%以上の活性に達する。

 

Oatis 2004から転用。

図は被験者が5秒間かけてスムーズに肩甲面で外転している運動(Scaption)で、、横軸は最初5つの棒グラフが立位でのScaptionの1 – 5秒、真ん中が四つんばいの1 – 5秒、右が腹臥位の1 – 5秒を示している。運動開始3秒後がだいたい外転90°。運動負荷は△実線が負荷ゼロ(0)、◯破線が1.7 ㎏、◇破線が4.1 kgである(Tsuruike 2019)。縦軸は前鋸筋の筋活動(%MVIC)。

シャラポワ・エクササイズ

壁から1足分離れたところに立って前腕を壁に付け、肩甲骨を最大外転し、腕を挙上させる。手にチューブを付けることで外旋運動も行える。元プロ女子テニス選手のマリア・シャラポア選手が好んで行っていたウォールスライドエクササイズなので巷では「シャラポワ・エクササイズ」と呼んだりもした。

フォロースルーエクササイズで前鋸筋は活性する

Henningらの研究では7 oz (198 g) あるいは12 oz (340 g) のウエイトボールをもってコッキングからフォロースルーまでの動作の前鋸筋活動を調べた結果、最大筋活動の83%まで活性することが報告された。

片膝たちフォロースルーエクササイズは前鋸筋を活性させる運動になる。選手は後ろから投げられたウエイトボール(0.5 – 1 kg)をキャッチしフォロースルーを行う(下の動画参照)。

片膝たちフォロースルーエクササイズの動画:IMG_2722

フリーモーションエクササイズで試合後の回復

軽い負荷のフリーモーションエクササイズで試合翌日の肩甲骨周辺筋群の回復を試みる。

キネティックリンク

キネティックリンクは上肢の連動のことで、体幹からの力、エネルギーが手先まで順次伝わることである。腕や前腕のひねりも生み、まさしく投球やテニスサーブ動作がそうである。

Kibler 2008

Kiblerらケンタッキー大学レキシントン・クリニックスポーツ医学センターグループがRobberyとLawnmowerエクササイズを紹介してから臨床で肩のリハビリトレーニングメニューに取り入れらるようになった。

     

写真はKibler 2008 が提唱したRobbery(左2つ)とLawnmowerエクササイズ(右2つ)

Robberyエクササイズ、Lawnmowerエクササイズはキネティックチェーンエクササイズ、つまり一連動作のフリーモーションである。本人の感覚運動で肘の位置を確認しながら行うことになる。

僧帽筋下部線維

KiblerらはRobberyエクササイズもLawnmowerエクササイズも肩甲骨の上方回旋・下方回旋が「肩甲面」であり、運動中には肩甲骨の内旋・外旋、前傾・後傾もある。これら一連の動きの重要性を強調している。(肩甲面とは肋骨のカーブに沿って肩甲骨が水平面から前方に30°-40°傾いていることである。)

一方、筋電図でデータを取ってみるとRobberyエクササイズで腕を90°まで上げて中程度(最大筋力値の50%以下)で、Lawnmowerになると最大筋力値の30%以下であった(Tsuruike 2015)。さらにRobberyエクササイズの研究を続けると肘の高さつまり腕を外転させばさせるほど僧帽筋下部線維の筋活動は上がる一方で、僧帽筋上部線維、三角筋の筋活動も活性する。そこでRobberyエクササイズで腕を90°まで外転するなら下肢の伸展運動を入れるべきだと結論付けた(Nakamura 2016)。

図は、毎秒のメトロノームに合わせたRobberyエクササイズを電子センサーで関節角度計(Biometrics Ltd)を肘に付け、運動開始から1秒間の筋電図値(2つの縦破線間)を示した典型的な波形である。SAは前鋸筋、LTは僧帽筋下部線維、PDは三角筋後部線維、ISは棘下筋。一番下の波形が肘の角度。被験者は最初のメトロノーム音で腕を上げ、次の音で腕を降ろす(Tsuruike 2015)。

EMGの研究

データ収集から見えてきたのは、RobberyエクササイズもLawnmowerエクササイズも僧帽筋下部線維をさほど活性させない。ダンベルの重さを上げたり、腕を肩外転90°まで上げると、三角筋、僧帽筋上部線維が過剰に働く。下肢の伸展運動を入れると逆に筋活動が低下し過ぎるなど、データだけに目を向けるていると運動の意図を見失ってしまう。

図は、僧帽筋下部線維の筋電図値(MVIC%)。運動強度は体重の3%、5%、7%のダンベルで(体重70 kgだと2 kg、3.5 kg、5 kgのダンベル)Quadruped shoulder flexion:四つんばいになって腕を前へ上げる(肩関節屈曲)、Robbery、Lawnmowerエクササイズを行った。また等尺性筋収縮でExternal rotation:立位で肩関節屈曲30°、肩甲骨内旋30°ロードセルを30°に傾けたレバーアームでの肩外旋運動 Abduction:座って肩外転90°での外転運動を行った。運動負荷は最大筋出力(MVIC)の20%、30%、40% だった(Tsuruike 2015)。

3つの関節と7つの自由度

上肢のフリーモーションには、腰に差してある刀を抜く動作(PNFのD2パターン)やシートベルトを引っ張る動作(D1パターン)など、肩関節、肘関節、手関節が順次に動かす動作がある。上肢のフリーモーションとは順次に動く7つの自由度のことで:肩関節屈曲・伸展、外旋・内旋、水平内転・水平外転、肘屈曲・伸展、手関節屈曲・伸展に撓屈・尺屈が含まれる。肘が曲がっているなら前腕の回内・回外も起こる。これこそがRobberyエクササイズとLawnmowerエクササイズの目的である。

肩や肘に障害また内視鏡で縫合手術を受けたあと、関連の筋肉は「引っかかり」を生む。そん時は体側近くのRobberyエクササイズあるいはLawnmowerエクササイズを行う。7つの自由度を含む複雑な運動は、痛みや違和感で動かしにくい筋、筋内の引っかかりを周りの筋群が代償として運動し、運動後は「痛み抑制」(Pain inhibition)を高めることになる。痛み抑制の増加は柔軟性を向上につながる。

試合翌日のアクティブ回復

RobberyエクササイズもLawnmowerエクササイズもダンベルだけでなくチューブやメディシンボールでも応用できる。Robbery、Lawnmowerエクササイズは投球や試合翌日に行うことで肩甲骨周辺筋群の回復が期待できるだろう。試合後のエクササイズなら2 kg 前後のリストカフでしっかり肘の開始と最終位置を確認しながら15回2-3セット。片足立ちでさらに全身の緊張から腕の感覚運動を確認。

メディシンボールも有効である。

 

投球肩障害予防における小円筋の重要性

小円筋は肩甲上腕関節の回旋筋腱板の一つであり、外旋筋である。肩甲上腕関節の外旋筋には棘下筋もある。小円筋は棘下筋の45%かそれ以下の外旋力であるがKikukawa 2014; Walch 1998)、肩甲上腕関節が外転すればするほど、よく働く。一方で棘下筋は肩甲上腕関節外転時にその出力が低下するOtis 1994)。

図はKurokawa (2014) らの研究でPET(陽電子放出断層撮影)を用いて外転位0°(図上A)と90°(図上B)の外旋運動時の棘下筋(図下A)と小円筋(図下B)の代謝活動の働きを比較している。棘下筋は内転位でよく働き、小円筋は外転位90°で働いているのが分かる。

投球動作における棘下筋と小円筋の働きの違い

筋電図でプロ投手の投球動作における二つの外旋筋の働きが比較されている。加速期からボールリリース直後の減速期では、小円筋は最大筋力の54%から84%働いている。それに対して棘下筋は最大筋力の31%から37%働いているに過ぎない(Digiovine 1992)。

図はDigiovine 1992から転用。

棘下筋委縮でも投球は可能

プロ投手の4%は利き腕(投球)側の棘下筋が委縮していたCummins 2004)。女子プロテニス選手の半数以上が何らかの原因で棘下筋の委縮が見られていたYoung 2015)。

上の写真はプロテニスプレーヤー。利き腕側の棘下筋委縮が分かる(右)。Ellenbecker. Sport Therapy for the Shoulderから転用。

水平外転運動の小円筋

前回のブログで棘下筋の筋活動は外旋運動に比べ水平外転運動で有意に低下したことを示した。つまり肘を伸ばせば棘下筋の活動が抑えられる。これは投球動作で加速期において肘が伸びたことで棘下筋の筋活動が低下していることに一致する。一方で小円筋の筋活動は高いままである。

小円筋と三角筋後部線維

臨床現場においても、投手が投球後に肩甲骨外側縁上部1/3あたりに張りをよく訴える。小円筋の付着部である。しかしほとんどの投手が肩甲骨後面に張りを訴えることはない。そこで小円筋の働きを調べてみたら三角筋後部線維と共同に肩甲上腕関節水平外転に働くことが分かった(Tsuruike 2021)。

上の写真は大学野球選手が四つんばいになり、肩甲上腕関節外転位90°で矢状面(左)、肩甲面(中央)、前額面(右)において水平外転運動を行っていて、肩甲骨周辺筋の働きを比較した(Tsuruike 2021)。

棘下筋 vs. 小円筋

解剖学では棘下筋は上腕骨大結節1時から3時に停止している。小円筋は3時から5時に停止しているCurtis 2006; Hamada 2016)。生理学では棘下筋は羽状筋であり、小円筋は紡錘状筋である(Bacle 2017)。つまり棘下筋は速筋線維あるいは疲れやすいに対し小円筋は遅筋線維あるいは持久系と言える。

写真から肩甲上腕関節外旋を伴う水平外転運動時の小円筋(TMi)と棘下筋(IS)の筋収縮が見える。TMaは大円筋、PDは三角筋後部線維、Latissimus Dorsiは広背筋、Long Head of Triceps Brachiiは上腕三頭筋長頭である(Tsuruike 2021)。

肩関節の症状時は棘下筋、投球後の張りは小円筋

棘下筋は回旋筋腱板の中で大きく、肩甲上腕関節の安定に重要な役割をしている。術後や痛みがあるなど症状がある時は肩甲上腕関節内転位において外旋運動を行い、筋スパズム(痙縮)を和らげ、肩関節の柔軟性を向上すべきである。一方で投球障害肩予防トレーニングは異なる。如何にして小円筋をトレーニングし、投球後の筋スパズム、張りを和らげるかであるだろう。

CLXエクササイズ

セラバンドエクササイズ

セラバンドエクササイズは重力に影響なく、負荷は張力のみである。投球肩障害予防トレーニングにおいて立って行っても肩をすぼめることなくできる。ゴムバンドなので運動中の負荷は一定でない。伸ばせば筋活動が上がり、緩めばその活動が下がる。立位においては張力の変化が姿勢制御に影響を与える。

CLXバンド

CLX: Consecutive loopsは輪の連続ゴムバンドのことである。特徴として輪の中に手が入れやすい。さらに肘や膝にも輪を通すことができる。運動方法を工夫することができる。

運動負荷

CLXは一定間隔の輪なので運動負荷が計算できる。たとえば赤色のバンドの最大抵抗は1.7 kgである。そこで5つの輪のCLXを用意し、張力ゼロ(0)のところから2つ目の輪に手を入れ、最初の位置まで引っ張る。そうすると20 %(4/5)の長さを引っ張ることになり、単純に0.32 kg(1.7 kgの20%)あるいは320 gの張力の負荷になる。次に3つ目の輪に手を入れると60 %(3/5)引っ張ることになり、1.02 kgの張力になる。つまり引っ張る輪の数を分子に用意したCLXの輪の数を分母に計算し、あとはそれぞれの最大抵抗の大きさ(kg)に掛けることで運動負荷を計算することができる。メーカーが各色の最大抵抗の大きさを決めている。

このCLXバンドを用いて異なる腕の位置に異なる負荷で肩の筋活動を調べてみた(Tsuruike 2020)。腕の位置は、a) PNFのD1の位置(肩関節屈曲、外旋に水平内転、乗車後にシートベルトを取る位置)、b) 120°外転位、c) 90/90(肩関節外転90°外旋90°に肘関節90°屈曲位)であった(下の写真参照)。張力はCLXの赤を使い、長さの20%と60%の伸張を取り入れた。さらに等尺性筋収縮と自動運動を加えた。自動運動は毎分150のメトロノームに合わせた「リズミカル振動運動」であった。

90/90の腕の位置

D1の位置は、前鋸筋の筋活動が他の腕の位置よる有意に働いた。しかし僧帽筋下部線維活動がほぼなく、僧帽筋上部線維と下部線維の割合5倍になり、肩甲骨下角の突出ありインピンジメント症候群の患者には不適切だと判断した。

棘下筋筋活動

外転位120°と90/90の位置はそれぞれ僧帽筋下部線維が有効に働いていた。しかし外転位120°は90/90の位置に比べ僧帽筋上部線維の筋活動が有意に高かったので投球肩障害予防トレーニングの際は注意が必要である。また外転位120°では棘下筋の筋活動は90/90の位置に比べ有意に低かった(下の表参照)。棘下筋は肩甲上腕関節外旋に働くが水平外転運動にあまり働かない。

上の表は棘下筋の筋活動(最大筋力の割合%)である。赤色のCLXの長さそのまま(0%)と20%、60%に伸張(2段目)。D1、外転位120°、90/90の腕の位置での各筋活動が示されている。等尺性筋収縮とリズミカル振動運動の筋活動の違いが分かる。

リズミカル振動運動

毎分150のような比較的早い「リズミカル振動運動」を加えることで筋活動が1.5から2倍に増加した。これは大きな量的発見であった。

セラバンドは比較的古くからさまざまなリハビリエクササイズに取り入れられている。最大の利点は重力に関係ないことである。CLXバンドは運動に使いやすいだけでなく、負荷が決定できたことから筋電図研究にも使えた。